ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
 会議室に到着すると、そこには既にエクトル殿下の姿があった。
 友好条約を結び終わって、本当はすぐにでもいろいろと計画を進めていきたかったが、サフィアとの婚約破棄が重なり、外交も遅れてしまった。
「遅れて申し訳ない。エクトル殿下」
「いいや。構わない。そちらのほうが、ここまで距離があるだろう。……それで、彼女は?」
 立ち上がって挨拶を交わすと、エクトル殿下が私の隣に立つメイジーをじっと見た。
「ああ、紹介するよ。彼女は新たな外交担当者だ」
「初めまして。このたび姉の仕事を引き継ぎ、ジーナ王国との外交を務めることとなりました。メイジー・グラントリーと申します」
 いいぞ。メイジーにしては上出来な挨拶だ。
「俺はエクトル・ベルモンド。ジーナ王国の王太子だ。……姉、ということは、彼女はサフィア嬢の妹なのか?」
「そうなんだよ。それで……今は彼女が私の婚約者なんだ」
 エクトル殿下には、サフィアとの婚約破棄の件を伝えていなかった。彼女の仕事ぶりを買っていた彼は、もしかしたら私のこの決断をよく思わないかもしれない。
 だが、外交の場には足を運んでもらわなければ困る。直接話せさえすれば、エクトル殿下も納得してくれると考えた。
「ああ、噂は本当だったのか」
 私の予想とは反し、エクトル殿下はサフィアとの一件を知っているようだった。
「エクトル殿下、存じていたのか?」
「小耳に挟んだ程度だ。王太子の婚約破棄となれば、国中で騒ぎにはなるだろう。サフィア嬢が姿を消したというのも、同じく風の噂で聞いたが……それでも、にわかには信じがい話だった。……そうか。サフィア嬢は、本当にもうこの場に来ないのだな」 
「大丈夫ですよエクトル殿下! これからは、私がしっかり務めを果たしますから! 私だって、外交官グラントリー侯爵の娘ですもの!」
 残念そうな表情を浮かべるエクトル殿下に、メイジーが持ち前の明るさと、時には武器となる無鉄砲さで突っ込んでいく。
「……妹君のほうは元気いっぱいだな」
エクトル殿下は苦笑を浮かべていた。メイジーの勢いに圧倒されているのだろう。
サフィアとメイジーは、容姿も性格もまるで正反対。これまで物静かなサフィアと接していた殿下からすれば、この急な変化に戸惑うのも無理はない。
「嫌ですわエクトル殿下。メイジーと呼んでくださいませ。それにしても、エクトル殿下はとても素敵なお方ですわね。艶のある黒髪に、宝石のようなアイスグレーの瞳……顔も体も、どこを見ても美しくって、私、困っちゃいます」
 頬を染め、うっとりとエクトル殿下を眺めるメイジー。
 ……私という婚約者がいながら、隣国の王太子にここまで露骨に好意を示すとは、節操がなさすぎるんじゃないか?
「エクトル殿下は、普段はどう過ごされているのですか? 公務以外のプライベートな時間は? あ! あと、婚約者はいらっしゃいます?」
「……この質問すべてに、俺は真面目に答えるべきだろうか? レオナルド殿下」
 案の定、エクトル殿下も急な距離の詰め方に困惑し、私に助けを求めてくる。
「いや、もちろん答える必要はない。ただ、気分を悪くしないでくれないか。メイジーはまだ外交の実績がなく、初仕事に舞い上がっているんだ」
「ああ、そうだったのか。俺も初めてこの会議室に来た時はすごく緊張したのを覚えている。きちんと意味のある話し合いの時間を過ごせれば、俺も文句を言うつもりはない」
「お心遣い、感謝するよ。……メイジー、きちんとしてくれ。私の前でべつの男に媚を売るなど、はしたない真似はやめるんだ」
 小声でメイジーに注意すると、メイジーは「レオ様、やきもちですか?」と笑っていた。彼女の脳内は相変わらず能天気でおめでたいが、心臓の強さだけは見習いたい。
「ではエクトル殿下、本題に入ろう。こうして無事に友好条約が結ばれたわけだが、我がアフネル王国は、これからもジーナ王国と積極的に手を取り合い、あらゆる面で協力を深めていきたいと考えている。なにか起きた時、確実に支え合える仲間がいることは心強い。その相手に、我々はジーナ王国こそが最適だと判断した。ジーナの人々は勤勉で、誠実で、互いに助け合う心を持っている。我々にとってもこれほど頼もしい存在はない。これから共に、素晴らしい未来を築いていこう」
「……そこまで我が国を高く評価していただけるとは、嬉しい限りだ。我々もまた、同じ想いを抱いている。まだ発展途上の国ではあるが、アフネル王国の支えが加われば、これほど心強いことはない。互いに力を貸し合い、より良い国を築いていけるよう、手を取り合って進んでいこう」
 改めて、私はエクトル殿下と握手を交わした。
「……この場にサフィア嬢がいないのが、唯一の心残りとなりそうだ。彼女は我々との信頼を築く過程で、本当によく頑張ってくれたというのに」
 未だにサフィアへの未練を口にするエクトル殿下に、私のほうが苛立ちを感じてしまった。
「これからは私の婚約者であるメイジーが、サフィアよりも努力し、よりよい結果を導いてみせるだろう。できるな? メイジー」
「もちろん。お姉様には負けません」
 メイジーが胸を張って、強く頷いた。
 その日は結局、今後頻繁に行われるであろう会議の日程や流れを決めるだけで時間となってしまった。
 メイジーも段取りに積極的で、会議は終始円滑に進んでいった。
しかし、最後までエクトル殿下は、この場にサフィアがいないことを残念がっていた。

「……レオ様」
 帰りの馬車で、めずらしく静かだったメイジーが、真面目な声色で私の名前を呼んだ。
「なんだ?」
「私、もっと頑張るわ。絶対にこの仕事を成功させる。もうエクトル殿下にお姉様の面影を思い出させないくらい、私が爪痕を残してみせる」
「……王妃教育とは違って、ずいぶんなやる気だな。外交官の娘の血が騒いだのか?」
「そうよ。お姉様にできたんだもの。私は私のやり方でうまくやってみせる。……だからレオ様、私の力を信じて、今後はひとりで任せてくれない? 本来ならこの仕事は、お姉様ひとりでやるはずだったんでしょう?」
 ひとりで仕事をこなしたい。
 メイジーからまさかそんな言葉が出てくるとは思わず、私は驚いた。
 彼女はできないことだったら、なんとしてでも言い訳を作り逃げるはずだ。これまでもそうだった。
だが、ここまで積極的に意欲を見せるということは、本当に自信があるのかもしれない。
 ……それにメイジーの言う通り、元々ここからはサフィアひとりで担当する仕事だった。
 メイジーがうまくやれるか不安で、最初の数回は同行すると決めていたが……私もほかの公務で忙しいし、彼女に任せられるものなら任せたい。国境まで頻繁に移動するのも疲れる。
「上からの指示通りに円滑に会議を進め、毎回報告書を怠らないのなら、次回からメイジーひとりに任せてもいい。ただし、何度も言うがこれは本当に大事な仕事なんだ。失敗すれば、どうなるかわからない。少しでも問題が起きれば、君の父親にも責任を取ってもらう羽目になる」
「わかっているわ。だからこそ、甘えないで本気でやりたいの。……それに、この仕事で功績を上げられれば、レオ様と結婚できるでしょう? 私、今度こそ本当にレオ様の役に立つわ」
 そう言う彼女の瞳には、これまでにない強い決意が感じられた。
 その場しのぎの言葉ではなさそうだ。
私はもう一度、メイジーを信じてみようと思った。……違う。サフィアではなく彼女を選んだ自分の決断を、信じてみようと思ったのだ。
「そこまで言うのなら、やってみせるといい。サフィアより優れているという言葉が真実だと、この外交の場で証明してみせるんだ」
「ええ、任せて!」
 大丈夫だ。私は間違ってなどいない。
どれだけ馬鹿どもが今さらサフィアを持ち上げようと、私の選択は正しかったのだ。
 これでいい。私は何度も心の中で、自分にそう言い聞かせた。

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公開部分はここまでです!
物語の結末は、是非書籍版のほうでお楽しみくださいませ。
読んでいただきありがとうございました!
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