ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~

2.終わりの始まり

 アフネル王国は、王国としてはじゅうぶんな広さを誇り、周辺諸国にも一目置かれている。まさに現在勢いのある国。
 そんな国の王太子として、私、レオナルド・セリフィオンは生まれた。
 父に似た光り輝く金髪に、母に似た深緑の瞳。自分で言うのもなんだが、容姿端麗に生まれた私は、十七歳の頃にふたつ年下のサフィアと婚約することになった。
 王太子という立場にしては、少し遅めの婚約だったと思う。母が生きていれば、もっと早くに決まっていたかもしれない。母は私が十歳の頃、病気で亡くなってしまったのだ。
 数多といる令嬢たちの中から、婚約者を決めたのは父だった。
 サフィアの父は侯爵という高い爵位を持ち、かつ優秀な外交官だった。現在では、公使として活動しているほどの人物だ。
そんなグラントリー侯爵の娘で、才女と呼ぶに相応しい女性だったサフィアは、当時十五歳にしては大人びていた。
私は当時、学園に通っていた。十六歳から二年間、貴族が通う学園だ。
その同級生たちよりもサフィアはずっと、見た目も中身も落ち着いていた。
 透き通る長い銀髪に、桔梗色の瞳。薄桃色の控えめな唇は、滅多に口角が上がることはない。
手足は長く、常に背筋はピンと伸び、真っ直ぐに前を見据えている。姿勢とスタイルがいいのもあって、よく見ると悪くはない見た目をしていたが――はっきり言うと、サフィアは地味だった。そして、私のタイプの華やかな美女ではなかった。
 私の婚約者に決まってから、彼女は真面目に頑張っていた。最初こそ、私も仲よくしようと彼女に歩み寄っていた。
 サフィアもまた、私よりもずっと幼い頃に実の母を亡くしたという。同じ痛みを分かち合うサフィアとなら、うまくやれるのではないかと期待した時もあった。
 しかし、私とサフィアは根本的に合わなかった。
 彼女は真面目すぎたのだ。それでいて隙がなく、周囲からも“完璧すぎる”と囁かれていた。これはいい意味でも捉えられるが、私からするとまったく可愛げがないといえた。
 社交場でも、私にとっても複雑な政治の話や、難しい歴史の話に何故かついていけている。そのせいで、私は何度も恥をかかされた。婚約者よりも頭が悪いのだと。
 私よりサフィアの評価が上がるなんてことは、あまりに出しゃばりすぎる真似だ。
 私は彼女に母のような優しさや、癒しを求めていた。見た目が好みでないのだから、せめて性格は好みでいてほしかった。私は寛容なので、中身がよければ愛してやるつもりだった。
だが、サフィアには無理だった。
 この時気づく。母親というものを知らない彼女に、母性などないと。男を癒す力など、欠片も持ち合わせていないのだと。
 婚約者と母親は、立場がまったく違うことなどわかっている。それでも、婚約者として私を立てることもしない。
自分の凄さをひけらかし、私のプライドを傷つけ、それを楽しんでいるようにさえ見えた。
 どうにかサフィアの弱点を見つけようと必死になったが、少しも見当たらない。そのことが、さらに私を苛立たせた。なんて可愛くない女なのだ。
 次第に、私とサフィアは最低限の回数しか会わなくなっていった。
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