ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
 そして婚約して三年後、私はサフィアと共に、隣国ジーナ王国との外交を任されることになった。
 サフィアの仏頂面を頻繁に見なければならないのは苦痛だが、この外交は我が国にとって、とても大事な仕事だ。
 サフィアも父親からそう言われていたのか、いつもよりさらに熱心に仕事に励んでいた。どうやらサフィアは仕事が好きらしい。誰かの役に立てるのは嬉しいことだと、珍しく口の端を上げて語っていた。
 ――それならば、私の役にも立ってもらおう。
 そう思い、私はサフィアの手柄をすべて自分のものとして上に報告した。
 ジーナとの会議の場には、基本的に私とサフィアしかいない。報告書はすべてサフィアに任せていたが、彼女がやったのは報告書をまとめているだけだと周囲に吹聴した。
 どれだけ可愛げがなかろうが、サフィアは優秀だった。自分の評価を上げるのには利用価値がある。
『サフィアは才女だと言われているが、会議の場ではほとんど私任せで、会話もろくにしないんだ。相手にもただの暗い女だと思われているだろう。なんとかしてやりたいが、サフィアは私に助けられるのを頑なに拒否するんだ』
 そういった私の口車に乗せられた王宮の人々は、目に見えてサフィアに冷たくあたるようになった。おとなしそうに見えて、えらくプライドの高い女だと。
公務と同時期にサフィアは王宮に移り住み、本格的な王妃教育も始まった。教育係はかなり厳しいと有名だったが、サフィアは文句も弱音もなにひとつ吐かずに淡々とこなしていく。
 教育係も無理やり悪いところを見つけては難癖をつけているようだったが、最終的には指摘する箇所が見つからず黙り込んでいた。厳しいと聞いていたから、どれだけサフィアを叱ってくれるかと楽しみにしていたのに、期待外れだった。
 地味なくせに、態度だけはいつも凛としているサフィアは、何度も言うが可愛げがない。
 そんな女のせいですっかりときめきなんてものを忘れていた時――私に運命の出会いが訪れる。
 サフィアに会うために、彼女の妹であるメイジーが王宮を訪ねて来たのだ。
妹といっても、メイジーはグラントリー侯爵の再婚相手である現妻の娘なので、サフィアとは腹違いの姉妹だ。同じく腹違いの弟もいると聞いた。
 メイジーのことは、グラントリー侯爵家と顔合わせをした時から知っていた。それ以降も、何度か会ったことがある。
 桃色のウェーブがかった髪の毛に、丸い赤茶色の瞳。顔立ちがはっきりとしており、サフィアとは正反対で華やかな彼女のことは、最初から可愛いと思っていた。
 だが、さすがに婚約者の妹と過剰に仲良くするのはよくないだろう。そう思い、ふたりで話したりすることはなかったが、この時は仕方がない状況だった。
『せっかく来たのに、お姉様が留守なんて』
 そう、ちょうどその時、サフィアは王宮にいなかったのだ。とはいっても、気分転換に町に散歩に行っただけなので、そう遅くはならないだろう。
『よければ私と話すことで、時間を潰すのはどうだろうか』
 せっかく来たのに、ここで帰してしまうのはかわいそうだ。
 私の提案を、メイジーは瞳をキラキラと輝かせて喜んでくれた。サフィアは私をそんなふうに見つめてくれたことはない。
 テラスで彼女と交わした会話は他愛もないものだったが、とても楽しく感じられた。
表情がころころ変わるメイジーを見ていると飽きない。私の話にも、大袈裟なくらいにリアクションをしてくれる。
 見た目だけでなく、中身も素敵なのか。ああ、メイジーが婚約者ならよかったのに。
 そう思っていると、メイジーの表情が突然暗くなった。そして、言いづらそうにサフィアについて話し始めた。
『お姉様が屋敷にいる時は、連れ子だという理由で、私はとっても肩身が狭かったのです。それに、昔はよく嫌がらせもされました。……そんなお姉様がレオナルド殿下みたいな素敵な人と結婚できるなんて、神様はなんて不平等なの……』
 今にも泣きだしそうな顔をして、メイジーはそう言った。
 ……サフィアがメイジーに嫌がらせを? ありえない。妹のほうが可愛いから、嫉妬したんじゃないか。
 その事実を聞き、私はサフィアへの嫌悪感が増していった。
 メイジーのことは、私が守らなくては。
 その日から、私とメイジーは頻繁に会うようになった。もちろん、サフィアのいない時間にこっそりと。
 メイジーはいつも優しく、私を気遣い甘やかしてくれた。彼女こそが、私の癒しだった。メイジーといると自己肯定感が上がり、気分がいい。
 見た目も好みだし、サフィアと違ってすぐに体も許してくれた。背はサフィアよりも小さく手足もサフィアよりは短いが、胸は大きく、男ウケの良さそうな女性らしい体つきをしていた。
 平民上がりの影響か、気が抜けると丁寧語を忘れてしまうところも可愛らしい。私が許すから、話しやすい話し方でいいと告げると、両手を挙げて大喜びしていた。
 メイジーはいつだって、私をいちばんに考えてくれる。些細なことでも無邪気に喜び、いろんな表情を見せてくれる。
 逢瀬を重ねるたびに、私は彼女に恋をした。否、最初から、私はメイジーを好いていたのだろう。
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