ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
『アフネル王国とジーナ王国の友好条約が無事に締結されました。この条約が我が国の繁栄をもたらすことを、心から願っております』
『うむ。よくやった。レオナルド』
 外交を開始して二年ほど経ち、正式に隣国と友好条約を結ぶことができた。
 その手柄ももちろん私はすべて自分のものにしたが、サフィアはなにも言ってこなかった。
 その日の夜、私の手柄を祝うための食事会が開かれた。この条約が無事に結ばれたら、私たちはいよいよ結婚すると決まっていた。
そしてこれからまたふたりで力を合わせて、引き続きジーナ王国との関係性を深めていくのだ。
 ……あの地味女と結婚か。
 そう思うと、せっかくの祝いの場にもかかわらず気分が落ちる。美味しい食事もワインも、まるで味がしなくなっていく。
『殿下、少しお時間よろしいでしょうか』
『……サフィア』
 珍しく、サフィアが声をかけてきた。
『ああ。だが手短にな』
『はい。お時間は取らせません』
『ではバルコニーのほうへ行こうか』
 ワイングラスを片手に、私はさっさと移動する。
 今日はこの後、ホテルでメイジーと密会予定だ。さっさとサフィアとの話を終わらせてそちらへ向かいたい。
『お疲れさまでした。ですが、重要なのはここからですね』
『……ああ』
 なにを話すのかと思えば、また仕事の話だ。うんざりして、サフィアのほうを見向きもせずにワインを煽った。
『実は……私で務まるのか、今になって不安なのです。本当は妹のメイジーのほうが仕事ができて、頭もいいのに』
 メイジーという名前にどきりとしたが、平静を装う。
 ……サフィアが言うのなら、メイジーが優秀なのは事実なのだろう。メイジーもよく、自分でそんなことを言っていた。
『もしかしたら、私よりメイジーが王妃になったほうが、国の将来のためになるのかもしれません』
珍しく眉を下げ、弱気な態度を見せるサフィアに私は呆れた。どうせ『そんなことない』と言ってほしいだけなのが見え見えだ。
『レオナルド殿下はどう思いますか?』
『……仮にそうだったとして、これから君になにかできるのか?』
 望んでいる言葉は絶対にやらないと、私は嘲笑う。私にこう言われてサフィアはどんな表情をするだろう。
そう思い、バルコニーに出て初めて視線を彼女のほうに向けると――。
『さあ、どうでしょう』
 サフィアは悲しむこともなく、夜の闇を背景に不敵な笑みを浮かべていた。
『……っ!』
 手に持っていたワイングラスが滑り落ち、音を立てて無残に割れる。赤いワインが、まるで血のように床を滲ませていく。
 こいつが私に笑いかけたのはいつ振りだ? 
 ぞっとするくらいに綺麗で――どこか恐ろしい。
 私は一気に気分が悪くなり、逃げるようにその場から立ち去った。
 どうしようもなくメイジーに会いたくなり、すぐさまホテルへ駆け込んだ。このホテルは高級なぶん、プライバシーがしっかり守られている。
 ベッドの上に座って私を待っていたメイジーを抱き寄せその胸に顔を埋めると、メイジーは温かく小さな手のひらで私の頭を撫でてくれた。
 ようやく落ち着きを取り戻し、先ほどサフィアがこんなことを言っていたとメイジーに告げる。
『お姉様も自覚があったのね。お姉様は昔から、なんでもできる私に嫉妬していたもの』
『ではやはり、君のほうが優秀なんだな』
『もちろん。私にもお父様……グラントリー侯爵の血が流れているんだから。それに、お姉様の母親より私のお母様のほうがずーっと優秀だもの。お父様だって、メイジーのほうが出来がいい子って言っているわ』
 愛嬌もあって、可愛くて、そのうえ優秀だなんて、本当に完璧なのはメイジーのほうだったのか。
 こんなことなら、最初からメイジーと婚約しておけばよかった!
 サフィアが邪魔だ。あんな女、いずれではなくすぐにでも消えてくれたら――。
 そんな俺の願いが届いたのか、数日後、サフィアは婚約破棄の旨を告げる置手紙を残して消えた。
『……君にできることをしてくれたんだな』
 にやりと口角が自然と上がる。私はその日の夜、サフィアからの手紙を破り捨てた。

 それからすぐに、私はメイジーと婚約を結び直した。
メイジーはサフィアと同じくらい優秀で、外交の引継ぎも彼女に任せれば安心だと話すと、誰も反対しなかった。
本当にそうなのかという疑念はあったが、父親であるグラントリー侯爵も「心配ない」と背中を押してくれた。その結果、これまでサフィアの圧力のせいで言い出せなかったのではと、みんなも納得してくれた。
 婚約破棄から一か月も経たないうちに、サフィアがいた場所はメイジーの居場所となった。
 明日から早速、王妃教育が始まる。突然環境が大きく変わったメイジーを配慮して、サフィアの公務の引継ぎはすぐには始まらないが、そのうち公務にも入ってもらう。
 本来ならここから、ジーナ王国との外交はサフィアひとりで担当してもらう予定だったが、最初の数回は私も同席する必要がありそうだ。慣れればメイジーひとりでやってもらうことになるが、なんら問題はないだろう。
 たいへんな仕事だが、なにが起きても、メイジーならきっと理解してくれる。
 それにメイジーが公務を頑張ってくれれば、そのぶん私は休める。王太子の仕事は外交業務だけではない。彼女も自分の頑張りで私が休息できるとなれば、喜んで励んでくれるはずだ。
 ――しかし三日後、私は自分の考えの甘さを思い知る。
 王宮内に赤ん坊のような凄まじい泣き声が鳴り響き駆け付けると、そこには呆れ果てた表情を浮かべた教育係と、泣きじゃくるメイジーの姿があった。
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