ふつつかな才女は、お望みどおり身を引きます~国より愛を選んだ婚約者と妹、そして残された人々の後悔~
彼女たちがいなくなったせいで、これまでみたいにうまく仕事が回らない。
私は気づかされた。自分は侍女長になってから、現場仕事をほとんどやっていなかったことに。
体を動かさずに済む事務仕事と、奥様とメイジーお嬢様のご機嫌取りが私の主な仕事だった。
なぜならこの屋敷でうまく生き抜くには、それがいちばん賢いと思っていたからだ。
これでも侍女としての勤務歴は長いほうである。そのなかで、どうすれば最短で侍女長に上り詰めるかを自分なりに考えた。
そこで導き出された答えは、雇い主に最も気に入られることだった。ここで言う雇い主とは当主の旦那様のことであり、彼が溺愛しているのは“サフィアお嬢様以外の家族”だった。
その中でも、旦那様が不在の時に最も権力を持つ奥様に私は目を付けた。奥様は当然、自分の娘ではないサフィアお嬢様を快く思っていなかった。
サフィアお嬢様はなにをするにも完璧にこなす優秀な女性であり、そのため奥様とメイジーお嬢様が、サフィアお嬢様を疎ましく感じていたのは明白だった。
ジョシュア様は、そんな女性同士の争いに関わりたくないといわんばかりの態度で、見て見ぬふりだ。
私は奥様に気に入られるために、サフィアお嬢様をいじめた。
それこそ、サフィアお嬢様の洗濯物だけ、わざと床に落としてそのままにしたこともある。
サフィアお嬢様の専属にも厳しく当たり、退職に追い込んだ。
そうすると、特に喜んだのはメイジーお嬢様だった。メイジーお嬢様は両親に溺愛されているのをいいことに、屋敷では好き放題していた。
奥様と流行りのジュエリーやドレスを買いあさり、旦那様や家庭教師に課せられた宿題は、すべてジョシュア様に泣きついて自分はなにもやっていない。
私はそんな事実を知りながら、それでも屋敷で存在感を放つメイジーお嬢様に媚を売り続けた。
メイジーお嬢様がサフィアお嬢様の紅茶に細工をしろと言えば、わざと物凄く苦くして提供した。
メイジーお嬢様がサフィアお嬢様のドレスにわざとワインを溢した時だって、メイジーお嬢様を庇いサフィアお嬢様を悪者にした。
あからさまな贔屓を続けていると、メイジーお嬢様がよく褒めてくれた。そんな私を奥様も認めてくださり、私は三十六歳にして侍女長の座をつかみ取った。
そんな私をよく思わない侍女たちは当然いた。
でも、これが私のやり方だ。グラントリー侯爵家にいる以上、サフィアお嬢様にいい顔をする必要がない。なぜなら彼女こそ、この屋敷でいちばん必要とされていない人物なのだから。
このまま媚を売る相手を間違えなければ、私の人生はきっと安泰でいられる。
――しかし現実は、そう甘くなかった。サフィアお嬢様を失って、これまでのツケが全部回ってきたのだ。
彼女を支持していた優秀な侍女を一気に失い、新人教育もろくにできないまま毎日仕事に追われた。
洗濯、掃除、庭の手入れ、来客対応、身の回りのお世話……。
媚を売る暇もないくらい、目まぐるしい日々が続いた。
そしてそんな中でメイジーお嬢様の婚約が決まり、お嬢様は王宮に移り住むこととなった。
旦那様ももちろんだが、奥様は特に喜んでいた。自分の娘がレオナルド殿下の心を射止めたのが誇らしかったのだろう。
メイジーお嬢様がいなくなった屋敷は華やかさには欠けたが、仕事の量は減って、私としては有難かった。
奥様は寂しそうにしていたが、ジョシュア様が残っているため、数日経てば普段通りに戻った。
ようやく少しだけでも休める時間が取れそうだ。そう思った矢先に、メイジーお嬢様が実家に泣きついてきた。
そこからの一週間は地獄だった。
サフィアお嬢様というストレス解消先を完全に失ったメイジー様は、そのストレスや癇癪を私やほかの侍女にぶつけるようになった。
以前からその傾向はあったが、王太子の婚約者になって、さらに気が大きくなっている。そんなメイジー様の隣で、奥様はただにやにやと笑っているだけ。
『この服飽きちゃった。次はどれにしようかしら!』
『珍しく濃い色の服を着てみたらいいんじゃない? メイジーならなんでも似合うわ』
『素敵! お母様も一緒に着替えましょう!』
どこにも出掛けやしないのに、奥様とメイジーお嬢様は一日に何度も着替えをする。試着を繰り返すそのたびに洗濯物の量は増えていく。
『この紅茶、少し砂糖が足りないわ』
『ちょっとエラ。あなた侍女長でしょう? きちんと仕事をしなさい。せっかくメイジーが戻って来ているのに』
『も、申し訳ございません……! すぐに取り換えてきます』
さらにはお菓子やお茶に関しても好みにうるさく、ミルクや砂糖の量は気分で変わる。当然、気分を察せなければそのたびに怒られる。
昨日は庭園の掃除をした後、服についた枯れ葉に気づかないまま屋敷に戻ると、汚らわしいとメイジーお嬢様に罵倒された。
侍女への八つ当たりはやまず、それに比例して新入りの侍女もこの一週間で次々とやめていく。その責任をすべて、奥様は私に押し付けた。
旦那様が帰ってきたら、この現状を私が責め立てられるのだろう。
私はいったい、どうすれば……。
私は気づかされた。自分は侍女長になってから、現場仕事をほとんどやっていなかったことに。
体を動かさずに済む事務仕事と、奥様とメイジーお嬢様のご機嫌取りが私の主な仕事だった。
なぜならこの屋敷でうまく生き抜くには、それがいちばん賢いと思っていたからだ。
これでも侍女としての勤務歴は長いほうである。そのなかで、どうすれば最短で侍女長に上り詰めるかを自分なりに考えた。
そこで導き出された答えは、雇い主に最も気に入られることだった。ここで言う雇い主とは当主の旦那様のことであり、彼が溺愛しているのは“サフィアお嬢様以外の家族”だった。
その中でも、旦那様が不在の時に最も権力を持つ奥様に私は目を付けた。奥様は当然、自分の娘ではないサフィアお嬢様を快く思っていなかった。
サフィアお嬢様はなにをするにも完璧にこなす優秀な女性であり、そのため奥様とメイジーお嬢様が、サフィアお嬢様を疎ましく感じていたのは明白だった。
ジョシュア様は、そんな女性同士の争いに関わりたくないといわんばかりの態度で、見て見ぬふりだ。
私は奥様に気に入られるために、サフィアお嬢様をいじめた。
それこそ、サフィアお嬢様の洗濯物だけ、わざと床に落としてそのままにしたこともある。
サフィアお嬢様の専属にも厳しく当たり、退職に追い込んだ。
そうすると、特に喜んだのはメイジーお嬢様だった。メイジーお嬢様は両親に溺愛されているのをいいことに、屋敷では好き放題していた。
奥様と流行りのジュエリーやドレスを買いあさり、旦那様や家庭教師に課せられた宿題は、すべてジョシュア様に泣きついて自分はなにもやっていない。
私はそんな事実を知りながら、それでも屋敷で存在感を放つメイジーお嬢様に媚を売り続けた。
メイジーお嬢様がサフィアお嬢様の紅茶に細工をしろと言えば、わざと物凄く苦くして提供した。
メイジーお嬢様がサフィアお嬢様のドレスにわざとワインを溢した時だって、メイジーお嬢様を庇いサフィアお嬢様を悪者にした。
あからさまな贔屓を続けていると、メイジーお嬢様がよく褒めてくれた。そんな私を奥様も認めてくださり、私は三十六歳にして侍女長の座をつかみ取った。
そんな私をよく思わない侍女たちは当然いた。
でも、これが私のやり方だ。グラントリー侯爵家にいる以上、サフィアお嬢様にいい顔をする必要がない。なぜなら彼女こそ、この屋敷でいちばん必要とされていない人物なのだから。
このまま媚を売る相手を間違えなければ、私の人生はきっと安泰でいられる。
――しかし現実は、そう甘くなかった。サフィアお嬢様を失って、これまでのツケが全部回ってきたのだ。
彼女を支持していた優秀な侍女を一気に失い、新人教育もろくにできないまま毎日仕事に追われた。
洗濯、掃除、庭の手入れ、来客対応、身の回りのお世話……。
媚を売る暇もないくらい、目まぐるしい日々が続いた。
そしてそんな中でメイジーお嬢様の婚約が決まり、お嬢様は王宮に移り住むこととなった。
旦那様ももちろんだが、奥様は特に喜んでいた。自分の娘がレオナルド殿下の心を射止めたのが誇らしかったのだろう。
メイジーお嬢様がいなくなった屋敷は華やかさには欠けたが、仕事の量は減って、私としては有難かった。
奥様は寂しそうにしていたが、ジョシュア様が残っているため、数日経てば普段通りに戻った。
ようやく少しだけでも休める時間が取れそうだ。そう思った矢先に、メイジーお嬢様が実家に泣きついてきた。
そこからの一週間は地獄だった。
サフィアお嬢様というストレス解消先を完全に失ったメイジー様は、そのストレスや癇癪を私やほかの侍女にぶつけるようになった。
以前からその傾向はあったが、王太子の婚約者になって、さらに気が大きくなっている。そんなメイジー様の隣で、奥様はただにやにやと笑っているだけ。
『この服飽きちゃった。次はどれにしようかしら!』
『珍しく濃い色の服を着てみたらいいんじゃない? メイジーならなんでも似合うわ』
『素敵! お母様も一緒に着替えましょう!』
どこにも出掛けやしないのに、奥様とメイジーお嬢様は一日に何度も着替えをする。試着を繰り返すそのたびに洗濯物の量は増えていく。
『この紅茶、少し砂糖が足りないわ』
『ちょっとエラ。あなた侍女長でしょう? きちんと仕事をしなさい。せっかくメイジーが戻って来ているのに』
『も、申し訳ございません……! すぐに取り換えてきます』
さらにはお菓子やお茶に関しても好みにうるさく、ミルクや砂糖の量は気分で変わる。当然、気分を察せなければそのたびに怒られる。
昨日は庭園の掃除をした後、服についた枯れ葉に気づかないまま屋敷に戻ると、汚らわしいとメイジーお嬢様に罵倒された。
侍女への八つ当たりはやまず、それに比例して新入りの侍女もこの一週間で次々とやめていく。その責任をすべて、奥様は私に押し付けた。
旦那様が帰ってきたら、この現状を私が責め立てられるのだろう。
私はいったい、どうすれば……。