溺愛の業火

彼の手が離れ、顔を上げて私を下から見つめる。

「キス、だけなら。」

視線を逸らして答えた。
自分から望んでいるようで、恥ずかしい。

彼は椅子から立ち上がり、顔を近づけてくる。

キスされるのかと目を閉じた。
けれど、唇に触れたのは違う感触。

身構えた私に近づく気配は、遠慮気味な気がする。
耳元に囁く声。

「好きだよ。」

心臓のありえない音と速さ。
頬に手が当てられ、耳を撫でる。

「……っ。」

息詰まる。
背中に回る手も優しくなぞる様に移動して。力が入らない。

自分の唇が当たったのは、彼の襟元。
視界に入るのは彼の髪、肩と首。

近い。
抱き寄せられるより、近い距離で微かに触れる息遣いにときめくなんて。

「キス、しないの?」

「今日はしない。」

キスに逃げたいと思うような、曖昧さ。
自分が彼の愛情に溺れていく。

もっと欲しくて。
だけど、そんな事は言えない。
言えないはずなのに。

「キス、……したい。」




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