クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい


 国見と初めてこんなにも話をした、と宗一郎は当初抱いていた怒りや懐疑心が不思議と薄くなっていた。それに、国見のごくプライベートな体のことなど、他に知っている者などいるのだろうか。二枚舌の口から出まかせ、も考えはしたが撫子を溺愛している様子を見ると真実なのだ。たぶん。しかしそれも国見の持つ社交術の内であることを宗一郎は知らない。

 昼の会食だったが時刻はもう三時。おやつの時間になっていた。
 途中、撫子からの連絡はなかったが多分仕事をすべてキャンセルして横になっている筈。それでも一応今から帰る事をメッセージとして送った宗一郎はドライバーを務めていた舎弟の松田に「美味しい惣菜の情報が欲しい」と伝える。あまり胃の負担にならないような、とのリクエストに優秀な部下はすらすらと店名と売っている物を述べる。
 先日、撫子が褒めていたと伝えたところ、そのサーチ能力がまた一段と向上したようだった。

 「ただいまー」

 デパートの紙袋を提げた宗一郎が部屋に上がると奥のリビングからはコーヒーの良い香り。

 「お帰りなさい」

 寝間着にカーディガンのラフな撫子はキッチンに立っており、彼を優しく出迎える。

 「撫子さん、起きてて大丈夫……?」
 「うん。なんなら寝過ぎて腰が痛いかも」
 「それなら良かった。夕飯、軽くつまめそうなモンを買って来たんで」
 「ありがと。じゃあ今日は思いっきりだらだらしちゃうけどいいかな」

 その言葉すら、確認を取らなくても本当はいいのに。
 しかし宗一郎は元気そうな撫子ににこっと笑って「俺が全部やるから大丈夫ですよ」と伝える。それはいつも撫子が自分に向けてくれている笑顔と気遣いだった。

 「洗濯も今から回せば」
 「あ、それはもうね……今は乾燥してる最中かな」
 「じゃあ畳むのは俺で」
 「うん。お願いする。終わるまで宗君も少し座ったら?」

 コーヒーの入ったマグと菓子を掴めるだけ掴んでリビングのソファーに行く撫子は部屋からタオルケットも持ち出していた。
 テレビも点けて、本気で寛ぐ様子の彼女に宗一郎は眉尻を落とす。
 こうして自宅で過ごしているようにリラックスしてくれているのが一番良い。凛とした仕事モードの撫子も大好きだが、メイクもしていない寝間着のままの素の彼女のことは……愛しい。愛している。

 もぐもぐとお菓子を食べているところを見ると朝と昼の食事はとっていない様子。部屋着に着替えて来た宗一郎は小さな盆に追加の、先日スーパーで買い込んだ菓子を乗せ、自分もコーヒーをいれて撫子が座っている隣へ腰を下ろす。

 「あ、宗君おいしそうなの持って来た」
 「この際ですから開けちゃいましょう。お皿代わりのボウルも持って来たので」
 「お菓子でお腹いっぱいになっちゃうけど……」
 「俺も学生時代はよく母に怒られましたよ。食べ過ぎは良くないって。まあ、無茶な食い方をしたい時期でもあったから」

 ざらざらとボウルにあけられるスナックを早速つまみ食いする撫子は「私、物はきちんとしてないと気が済まないんだけど」と普段、どう暮らしているのかを宗一郎に伝える。

 「ごろごろしながらお菓子食べるの、大好きなの」

 いい歳をして恥ずかしいけど、と笑いながら伝えられる撫子の本当の姿。

 「それにオフの日は一日中寝間着だし、顔も髪の毛もなんにもしないでベッドの上でネット動画ずっと見てるし。食事も適当でこうやってお菓子ばっかり食べて」

 実家の離れで暮らす撫子は宗一郎が愛する『龍堂撫子』の像とはかけ離れた生態をしていた。今もずるりとソファーに背中を預けてだらしのない姿を見せる。

 「……幻滅した?」

 撫子は視線を合わさず呟く。
 午前中、横になりながら今回のお試しの同棲について色々と思い返しながら考えていたのだ。自分は定期的にだらだらごろごろしないと、いつか限界が来る。宗一郎の前では気配りの出来る完璧な女を見せていたが実のところ、もう限界。

 隣から反応が無いと言うことは、と思った時だった。

 「好き」

 まだ宗一郎が持っていたボウルはごとん、とローテーブルに置かれ、撫子の体は思い切り横に引っ張られて崩れた。

 「どんな撫子さんでも大好き。ああもう、そうですよね……女性の、なんて言ったら良いんだろう。俺はでっかいからなんでも受け止められます」

 だから、無理だけはしないで。

 「朝の俺なんて撫子さんの比じゃないくらい酷いし……あなたが安心して暮らせるようにするのは俺の務めです。こうして教えてくれるのがどんなに俺にとって嬉しいことか」

 むぎゅう、と撫子の頬は分厚い胸板に押し付けられて苦しいが、体の大きさと懐の広さを語る宗一郎はとても頼もしく感じる。
 撫子はいつか、自分の暮し方や考え方を伝えなくてはならないと思っていた。初めはもう、籍だけ入れて紙面上の夫婦でナシでもつけようかと思っていたが宗一郎と暮らす日々が積もるごとにそんな考えは薄くなって。

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