クマとナデシコ 博堂会次期若頭候補の熊井宗一郎は撫子さんの愛が欲しい
第7話 ほどける心

 お菓子の入ったボウルを抱えてテレビを見ている撫子にとろけてしまいそうなくらいデレデレの状態になっている宗一郎は子供のころの自分たちを思い出す。
 まだ何も分からず、四つほど年上のお姉さんである撫子のあとをついて回っていた記憶。年月は流れ、今も彼女のことは年長者として敬っているが同時に自分が守らなくてはならない存在であると自覚する。

 自分たちは今までの上下の関係性を越えられただろうか。
 時代遅れかもしれないが男である自分は撫子のことを守る責務がある、と心に決めても良いだろうか。

 「宗君」

 お菓子は食べていたが少し言葉数が少なくなっていた撫子は抱えていたボウルをぎゅっと胸に寄せて息を吸う。

 「近い内にお父さんにナシ付けて来るわ」

 父と娘の戦争よ、と言い切る撫子の澄んだ瞳が宗一郎をとらえる。

 「あの、それって」
 「私たちが生まれてから全てに於いて強引な事をした落とし前を付けさせる」

 宗一郎に対し真面目で大切なことを言っているようだが撫子は今、スナック菓子が入ったボウルを抱き締めている。
 ただ宗一郎的には彼女に一件、隠して進行し始めている案件があり、その強い物言いに背筋がヒヤリと寒くなってしまった。最初は自分も憤慨していたと言うのに今は国見と結託し、彼女をダシに企てている事がある。
 それは彼女の為、博堂の為でもあるのだがここに来てちょっと尻込みしてしまいそうになるのも無理はない。

 今、隣にいる撫子の眼差しはいつになく鋭い。

 「でも、私と宗君にとって悪い話じゃないから。それだけは信じて待ってて」

 瞬間、ふわっと花がほころぶように笑った撫子に無意識のうちに宗一郎は頷いてしまう。彼女が自分の行動や宗一郎に対しても話に必ずスジを通そうとし続けていたのは全てこの時の為にあった。
 そして本当はだらしなく幻滅させてしまうかもしれない部分がある、と自分を知って貰った撫子は一歩をついに踏み出す。

 「でもその前に宗君、最終確認ね。本当の私はお菓子が大好きでだらしがない。なんか重い部分も多いし、突然変なことも言い出したりする」
 「っふふ、多いな……」
 「ん。あとね」
 「まだ何かあるんですか」
 「自分で食事を調理するのは苦じゃない。でも表の仕事は続けたい。洗濯機は毎日回すけど床掃除は毎日じゃない」
 「えっと、あの、おおむね大丈夫です」

 うん、と頷く撫子は楽しそうな表情で語った最後にまた宗一郎の方を見ると眉尻を落とし、目を細める。

 「宗君のこと、愛してる」

 彼女のふふ、と優しく軽やかに笑う仕草。それを見た宗一郎は俄かに自分の下半身が大変なことになりそうで慌て始める。

 「俺も愛してます。でもあの、今はですね……また撫子さんをぎゅってしたいんですけどそれしちゃったらちょっと、抑えが」
 「我慢ができなくなっちゃう?」

 撫子の体調を考え、言葉よりも先に宗一郎はうんうんと大きく頷く。

 「ふふ、可愛い」
 「ひ、っ」
 「宗君可愛い。大好きよ」
 「待って、ちょっと撫子さん?!何しようとして」
 「さあ、何でしょう」
 「あ、駄目ッ……そんなところ触ったらお婿に行けなくなっちゃう」
 「大丈夫よ。私が責任を持つから」

 お菓子のボウルを置いてお手拭きできちんと手を拭った撫子の指先がするりと宗一郎の……その後、彼は大きな体をソファーに横たえ、ぐったりとしていた。しかも撫子に膝枕をして貰いながらまだいいこいいこ、と火照りがやっと引いて来た額を撫でられている。
 でも今日はもう食事は買ってきてあるし、お菓子もあるしで食糧については困らない。お風呂もシャワーで良い。

 興味津々で宗一郎を指先だけで愛した撫子は「私がぎゅってしてあげたかったのに腕がちゃんと回らなくてびっくりした」と夕方のひと時をのんびりと過ごす。

 「私ね、心配だったの。宗君は元気だから溜めこんじゃうかな、とか」
 「俺、ちょっとだけ女性の方々の気持ちが分かっちゃったかも……」
 「今日は全部と言うか、私はあまりしてあげられなかったけど宗君はこう言うスキンシップってどうかな」

 愛情を交わすバリエーションの一つとして提案する撫子に宗一郎は「好き」と呟く。
 それにしても何となく宗一郎も気が付いていたが撫子はよく物事について提案をしてくれる。そのきめ細かな愛情による気配りがとても心地よくもあり、それこそ彼女の負担になっていないか――この考え方はまさに堂々巡りだ。ひとつ、良い答えが見つかってもまた次、といつまでも同じことの繰り返しをしてしまう。

 考え始めてしまった宗一郎に撫子は深く屈みこむと額に小さくキスをする。

 「でも色々と焦っちゃ駄目よね。日を見てお父さんと口喧嘩してこようと思うから、私たちも一つずつ進もう?」

 少女のようにあどけなくえへへ、と笑う撫子につられて宗一郎も同じように笑う。
 お互いの気持ちが揺るぎなくなってきた同棲生活一週間はとりあえずのところ無事に二週間目に突入する。

 
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