血でつながる恋がある〜この痛みごと、好きだと思った〜

2話 戸惑いとすれ違い

 それからも、定期的に血液提供は続いた。
でもどこか気まずくて、私はゼアルを直視できなかった。ゼアルも私の変化に気づいているのか、片付けの時に早く背を向けたり、帰るように促したりすることが増えた。

 三度、四度と通ううちに、私たちは必要最低限の言葉だけを交わすようになった。
このままでいいのかな、と何度も思ったけれど、どう声をかけていいか分からなかった。


 そして五度目の訪問。
 地下室は、相変わらずひんやりと静かだった。
 私は無言で椅子に座り、ゼアルもまた黙ったまま腕を消毒する。

 「ちょっとチクッとする」

 そう言って、ゼアルは血液を抜きはじめた。
 いつもと同じ手順。いつもと同じ時間。
 でも、お互いの距離だけが、妙に遠く感じる。

 やがて容器がいっぱいになると、彼はそっと針を抜き、私に脱脂綿を渡した。

 「お疲れ。もういいよ」

 いつもなら、これで終わり。そう思っていたのに――
 ゼアルの手が器具に伸びかけたところで、ふと止まった。

 少しだけ俯いたまま、背を向けて言う。

 「……なぁ、この前のこと、覚えてるか?」

 「う、うん……」 

 ゼアルの方から切り出すとは思わなかったので、戸惑った。
私達の距離が離れてしまった原因。でも、いつかは話さないといけないのだろう。

 私の返事を聞くと、ゼアルは振り向いた。そして一歩、距離を詰める。でも手は出さない。

 「ずっと、聞くか迷ってた。あのとき――友達って、言ったよな」

 「……言ったね」

 「俺、それで自分を納得させようとしてた。でも、やっぱり無理だった。
リィスの血はほしい。だけど、もう研究対象としては見れない」 

 一度、大きく息を吸ってから、私をまっすぐ見つめてくる。

 「俺は、リィスが、欲しい」

 声に嘘はなかった。少しだけ怯えていて、それでも届いてほしいと願っている声。

 私は何も言えずに、ゼアルの顔を見つめた。
あの日から今日まで、気まずかったのは事実。だけど、その間に私にとってゼアルの印象は変わってきていた。

 心臓がうるさい。喉の奥が苦しい。
 それでも、目をそらすことはできなかった。

 「私も……ゼアルのこと、血液取るだけの人なんて、思ってないよ」

 口に出してから、自分で驚く。けれど、それが今の私の“本音”だった。
 ゼアルがゆっくりと目を見開く。

 「リィス……」

 「でも、だからって……まだ、恋とか、そういうのがよく分かってるわけじゃない。 ただ、ゼアルと会うのが楽しみになってる自分に、気づいてはいるの」

 「……あの日から、気まずいの思っていたのは俺だけだったか?」

 ようやくゼアルの口元が緩む。どこか恥ずかしそうに目を細めて、私を見つめてきた。

 「いや、私も気まずかったよ。このままではよくないって思ってはいたんだけど、どう声をかけたらいいのかわからなくて……」

 「そうか……。変な気を遣わせて悪かったな……」

 ゼアルはそう言って椅子を1つ持ってくると、私の横に並べて座る。
 一気に距離が近くなって、また心臓が跳ねた。

 「ゼアル……?」

 「そう身構えなくていい。ただ、隣りにいたいだけだから……」

 その言葉に、胸がまたドクンと鳴る。鼓動が、ゼアルにも聞こえているんじゃないかと思うほど。
 思わず私は膝の上でぎゅっと拳を握った。

 「……私も、隣にいるのは嫌じゃないよ」

 「そうか」

 ゼアルの返事は短くて、静かだったけど、どこか安心しているような響きがあった。
 その言葉を最後に室内が静かになる。
 でも、今は静けさがありがたかった。
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