世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく

優勝じゃなきゃ、意味がない

「違うわ璃子。そこ、指が甘いの」

先生の声が響いた。

優しい口調なのに、胸がきゅっと締めつけられる。

先生が悪いわけじゃない。

そう思う。

でも――。

「内田先生、もっと厳しくしてください。今のままでは間に合いません」

母の声が、背中を冷たく這う。
泣いたらダメ。

そんなこと、もう何度も言われた。

泣いても指は速くならない。
泣いても、音は綺麗にならない。

それでも、ぽろりと頬にこぼれる涙を、
わたしはそっと袖で拭った。

「そのテンポでは、次のコンクールも入賞止まりね。優勝じゃなきゃ意味がないのよ」

ピアノの蓋に映った自分の顔は、
子どもらしくなくて、どこか無理をしていた。

お祝いのケーキも、プレゼントも、
今年もなかった。

今日は、わたしの誕生日だった。

でも――、

そんなこと、誰も覚えていない。

ピアノを弾く指が、少し震えていた。

でも、止めるわけにはいかない。

わたしの人生には、最初から、
音楽しかなかったのだから。
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