世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
十二月三十日。
寒さの深まる朝。
玄関には、大きなスーツケースと紙袋がいくつも並んでいた。
中身は、おそらく向こうの親への土産物。
麻衣やその子供たちへの、ささやかな贈り物も入っているのだろう。
「じゃあ、よろしくね」
母――由紀子はロングコートの襟を立てながら、短く言った。
「鍵、閉めとけよ」
父――聡一も、私をチラリと見ると、それだけ言って玄関を出た。
ドアが閉まる音と、車のエンジン。
それが遠ざかっていくのを見送る。
正直、ほっとしていた。
親が家にいない方が、ずっと気が楽だ。
由紀子の存在が消えただけで、
家の中の空気が軽くなる気がする。
そして――父、朝比奈聡一。
有名な音楽プロデューサー。
でも、私にとっては、
ただ「家にあまりいない人」だった。
母ほどではないにせよ、
私が小さい頃、ピアノの練習で泣いているのを見ても、
彼は決して止めなかった。
一度だけ、「由紀子、璃子はまだ小さいんだから」と言ったことがある。
でもその直後、由紀子が激昂して、
「あなたは何もわかっていない」と怒鳴った。
そのとき以来、父は何も言わなくなった。
見て見ぬふりを、選んだ人だった。
家族であるはずなのに、
味方には、なってくれなかった。
だから今、静まり返った家で、
私はピアノの前に座りながら、
小さく息を吐いた。
大人になるって、こういうことなのかな、なんて。
誰にも期待しないって、
案外、楽なことかもしれない。
寒さの深まる朝。
玄関には、大きなスーツケースと紙袋がいくつも並んでいた。
中身は、おそらく向こうの親への土産物。
麻衣やその子供たちへの、ささやかな贈り物も入っているのだろう。
「じゃあ、よろしくね」
母――由紀子はロングコートの襟を立てながら、短く言った。
「鍵、閉めとけよ」
父――聡一も、私をチラリと見ると、それだけ言って玄関を出た。
ドアが閉まる音と、車のエンジン。
それが遠ざかっていくのを見送る。
正直、ほっとしていた。
親が家にいない方が、ずっと気が楽だ。
由紀子の存在が消えただけで、
家の中の空気が軽くなる気がする。
そして――父、朝比奈聡一。
有名な音楽プロデューサー。
でも、私にとっては、
ただ「家にあまりいない人」だった。
母ほどではないにせよ、
私が小さい頃、ピアノの練習で泣いているのを見ても、
彼は決して止めなかった。
一度だけ、「由紀子、璃子はまだ小さいんだから」と言ったことがある。
でもその直後、由紀子が激昂して、
「あなたは何もわかっていない」と怒鳴った。
そのとき以来、父は何も言わなくなった。
見て見ぬふりを、選んだ人だった。
家族であるはずなのに、
味方には、なってくれなかった。
だから今、静まり返った家で、
私はピアノの前に座りながら、
小さく息を吐いた。
大人になるって、こういうことなのかな、なんて。
誰にも期待しないって、
案外、楽なことかもしれない。