世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
年末の静まり返った午後。
ピアノの蓋を閉めてリビングに戻ると、スマホの画面が光った。

「紀江(のりえ)おばあちゃん」

名前を見ただけで、胸がじんわりとあたたかくなる。

「……もしもし、おばあちゃん?」

『ああ、璃子かい?よかった、出てくれて』

受話口から聞こえてきた声は、以前と変わらず柔らかかった。
少しだけ、時間の重なりを感じさせる、落ち着いたトーン。

『無理してないかい?年末で寒いし、忙しいでしょうに……気になってね。』

「うん、大丈夫。……おばあちゃんは元気?」

『おかげさまでね、ちょっと足が痛むくらいよ。お医者さんにもかかってるけど、大きな病気もなく暮らしてるわ。サービス付きってのは、ほんとに楽でね。ご飯もついてるし、駅も近いし。』

くすっと笑うその声に、自然と笑みがこぼれる。
祖母――朝比奈紀江。
父の母にあたる人。
夫を亡くしてからは、都内の便利な高齢者向けマンションでゆったりと暮らしている。

私の小さな頃から、
ずっと本音を話せる、唯一の大人だった。

『なにかあったら、言いなさいね。遠慮なんかしなくていいのよ。
 わたしにできることがあれば、何でもするわ』

その言葉に、胸の奥がきゅっとなる。

誰にも言えなかったことも、
誰かに言いたかった気持ちも――
この人だけには、話せそうな気がする。

「……うん。ありがとう、おばあちゃん」

窓の外を見上げると、うっすらと雲の向こうに、冬の陽射しが滲んでいた。
こんな日は、温かいお茶を飲んで、少しだけ涙を流してもいいかもしれない。
< 14 / 217 >

この作品をシェア

pagetop