世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
「サンタが街にやってくる」

舞台は薄暗いまま。
軽やかなリズムが鳴り始めると、会場がざわついた。
──誰? 暗いまま?
鍵盤が跳ねるたびに、客席の空気がほどけていく。

ふわりとライトがにじむ。
輪郭が、髪が、ドレスが浮かび上がっていく。

「あ……璃子ちゃん?」
静かな歓声とどよめき。

彼女はステージ中央に。
遊び心を残したアレンジで、笑うようにフィナーレを決める。

「アヴェ・マリア」

拍手の隙を縫うように、すぐ次の曲へ。
今度は静かな一音から始まった。

丁寧に、祈るように。
温かな響きが、客席をそっと包み込む。
誰もが息を止めて聴き入る。
心の奥をなでられるような旋律。

最後の和音が消えるまで、誰ひとり動かなかった。

「ノルウェー舞曲 第2番」

そして、最後。
堂々たる和音が空気を変える。
跳ねるリズム、駆け上がる旋律。
璃子の指は、強く、しなやかに鍵盤を舞っていた。

ステージ上の彼女は、まるで音そのものだった。

フィナーレ。
力強い和音が鳴り響いた瞬間、
一拍の静寂──からの、嵐のような拍手。

誰の名も告げられないまま、
「朝比奈璃子」という存在だけが、深く刻まれた。

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