世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
湊の唇が璃子のものを優しく塞ぎ、そして、ゆっくりと熱を帯びていく。

キスはもう、言葉の代わりになっていた。

迷いも遠慮も、最初のひとつで溶けていく。

璃子が身を寄せると、湊の腕が自然と彼女の背にまわる。
バスローブの隙間から覗く素肌に、湊の手がそっと触れた。
その瞬間、璃子の身体がふっと揺れ、吐息がこぼれる。

「……璃子」

名前を呼ぶ声が、耳元で低く、やわらかく響いた。
それだけで、心の奥が深く震える。

湊は、璃子を抱き上げた。

驚いたように彼を見上げた璃子の頬は、すでに赤く染まっている。
けれど拒むことはなく、首にそっと腕を回して身を預けた。

カーテン越しの夜景がゆらぎながら遠ざかる。
その視界の向こう、湊が彼女を運んでいく先には、整えられたベッド。

シーツの白が、やけに眩しく見えた。

そっと寝具に下ろされた瞬間、シーツの冷たさと、湊の体温が対照的に身体を包む。
璃子は小さく肩をすくめながら、彼を見つめ返した。

バスローブの結び目に、湊の指が静かに触れる。

「……いい?」

問いは小さく、けれど明確だった。

璃子はただ一度、ゆっくりと頷いた。

次の瞬間、ローブがほどけ、布が静かに滑り落ちる。
ほんの少し身を縮める璃子の肌に、湊の手が触れ、唇が触れた。
肩から、鎖骨へ。首筋へと、ひとつひとつ、記憶するように辿っていく。

ふたりの呼吸が、重なって、ずれて、また寄り添う。
触れるたび、音のない言葉が紡がれていく。

湊の手が璃子の腰を支え、身体を引き寄せる。
それに応えるように、璃子も彼の背に手をまわし、指先で確かめるようにそのぬくもりをなぞった。

すでに部屋の温度は上がっているのに、もっと深く、もっと強く求めたくなる。
理性では止めきれないほどの、静かな熱。

ふたりが重なり合うたび、時間がゆっくりと溶けていく。
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