世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく
父と母がアメリカから帰宅し、リビングに集まった。
土産話が弾くなかで、母が麻衣の話を口にした。

「麻衣は幸せそうだったわね。子供は日本語も英語も話せるのよ。旦那さんも本当に良い人だし。」

その言葉を聞いた瞬間、璃子の胸がぎゅっと締めつけられた。
まるで、鋭い針で心の一部を突かれたような痛みだった。
幸せそうな姉の姿と、自分がそこにいない疎外感が交錯し、胸の奥がざわつく。

(なんで私だけ……)
声には出せないけれど、その感情が溢れそうになる。

母は続けて言う。

「あの子はピアノは下手だけど、愛嬌があるわ。それだけが救いね。」

その言葉に、璃子の胸はさらに押しつぶされそうになる。
自分は完璧を求められているのに、姉は「愛嬌」で許されるのか。
その差に苦しさが募る。

そして母は、鋭い眼差しで璃子を見て言った。

「そういえば、また辞めたいとか言ってたけど、この直前期に何考えてるの?余計なことは考えないで、ピアノのことだけ考えなさい。今は。」

その言葉は命令のように響き、璃子は言い返せずにうつむいた。
自分の気持ちを分かってもらえない孤独と、押し込められた感情が胸を重くする。

心の中で、「誰か、私の気持ちをわかってくれたらいいのに」と願いながらも、声には出せなかった。
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