世界一孤独なピアニストは、恋の調律師に溶けてゆく

心が選んだ伴奏者

コンクール本番まであと３日。
自宅のピアノの前には、湊の姿があった。
彼は鍵盤に真剣な眼差しを向けている。
その後ろで、由紀子がじっと二人を見つめていた。

「本当はお父様の創さんにも、今回のコンクールを見てもらうはずだったけど……」
由紀子は少しトーンを落とし、言葉を選びながら続ける。
「でも、金城さんの意向も無視できないものね。」

璃子は少し怪訝な目を向けた。
すると由紀子はさっと目をそらした。

「もし、このコンクールでフランスに行けることになったら、調律師は誰が同行するの？」
由紀子が問いかける。

湊は静かに由紀子を一瞥し、言った。
「私が同行いたします。」

由紀子は冷ややかに言い放った。
「本当に、あなたで勝てるの？」

その言葉が胸に鋭く響いた。
同時に、璃子の中に母への怪訝な感情が沸き上がる。

「お母さん、それは失礼よ。」
璃子が口を開く。

「私は心配しているのよ。」
母は言い返す。

でも璃子の心の中は違った。
勝てるかどうかなんて問題じゃない。
湊がフランスに同行する──それだけで、もしかしたら、このコンクールを頑張ってみてもいいかもしれないと思った。

たとえそれが、邪な気持ちだったとしても。
母は結果さえ出せば喜ぶのだから。
もう心の奥まで母に支配されるのは、うんざりだったのだ。

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