過去を捨て、切子の輝きに恋をする

3.

 会議室のスクリーンには、“A Work of Art in Every Sip”の文字が映し出されていた。

 真由子は、緊張を胸に押し込みながら、一歩前に出た。
 数名の社員が資料に目を通し、最前列にはDavidと蒼一郎が並んで座っている。
 蒼一郎の隣には、ZenCraft社が用意した通訳がついた。

「本日は、江戸切子グラスを活用した新プロモーション案について、プレゼンさせていただきます」

 軽く会釈をして、リモコンを操作。
 スライドが切り替わる。そこには、美しい冷酒杯とワイングラスが並び、日本酒が注がれる瞬間を切り取った写真が表示された。

「このグラスには、二つの顔があります」
「一つは、“伝統工芸”としての顔。江戸時代から受け継がれてきた技と意匠。
 もう一つは、“未来を映す器”としての顔。若い職人たちが、自分たちの感性で創り上げた、新しいかたちです」

 会議室に静けさが降りる。真由子は、ゆっくりと言葉を続けた。

「私たちは、単にグラスを売ろうとしているのではありません。
 その一口を、“特別な瞬間”に変える――そんな体験を、届けたいのです」

 スライドには、キャッチコピーが再び大きく映し出される。

 A Work of Art in Every Sip
 ――一口ごとに、芸術を味わう

「“お酒を楽しむ時間”を、もっと豊かに。
 そこに込められた職人の技と、未来を信じて進む彼らのストーリーを、共に届けたいと考えています」

 言い終えた瞬間、真由子は軽く息を吐いた。
 数秒の静寂のあと、Davidが両手を組んで前のめりになった。

「……Nice work.」
 彼は少し微笑みながら言った。

「I believe this concept has strong potential, so I’m going ahead with it.(このコンセプトにはすごく可能性を感じるね。これで進めることにしよう)」

 そう言って、真由子に視線を向けた。

「Your words had clarity. Purpose. That’s what sells.(君の言葉は明確で、意志があった。それが人を動かすんだ)」

 真由子は深く頭を下げた。
 ふと顔を上げると、蒼一郎が目を細めてこちらを見ていた。
 大きくうなずくでもなく、拍手をするわけでもない。
 ただ、その静かなまなざしには、はっきりとした敬意と――少しだけ、感情の揺らぎがあった。

「……いいプレゼンでした」
 会議が終わったあと、蒼一郎が隣に立ってぽつりとつぶやいた。

「ありがとうございます」
 真由子は、少しだけ笑った。自分の声が、わずかに震えている感じがした。
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