過去を捨て、切子の輝きに恋をする
第五章 「料理人のためのキャンバス」
1.
会場は東京ビッグサイト。
ガラス張りの天井から差し込む晩秋の光が、整然と並んだ展示ブースを照らしていた。
ZenCraft Internationalのブースは、黒を基調にしたシックなデザイン。
中央には、真新しいキャッチコピーが大きく掲げられていた。
“A Canvas for Your Culinary Mastery”
── 料理人の技を描く、器というキャンバス。
テーブルの上には、完成した切子の和食器が並べられている。
鉢、皿、盃、そして淡い色彩のグラスたち。
どれも、光を受けてさりげなく輝き、使い手の発想を待っているかのようだった。
◇◇
「いよいよですね」
会場入り直前、真由子は蒼一郎の隣で言った。
「ええ。でも……あなたの出番のほうが大きいですよ」
「そうでしょうか」
「あなたがいなかったら、この器は“ただのガラス”のままだったと思います」
蒼一郎の声に、真由子は小さく微笑んだ。
◇◇
正午すぎ、バイヤーと報道関係者が集まるステージ前。
プロジェクトリーダーとして、真由子が壇上に立つ。
少しの緊張を感じながら、マイクを握った。
「本日はお越しいただきありがとうございます。
ZenCraft Internationalが提案するのは、ただの食器ではありません。
料理人の技を受け止め、その一皿に物語を添える“光のキャンバス”です」
背後のスクリーンに、料理が盛りつけられた切子器の写真が次々と映し出される。
日本料理、創作和食、フュージョン料理──すべてが器に映えていた。
「伝統工芸という言葉には、時に“完成された過去”という響きがあります。
でも私たちは、それを“これから生まれる料理の一部”として捉え直しました。
伝統は、未来の技術や感性と結びついてこそ、生きるものだと信じています」
一瞬の沈黙。そして、客席のあちこちでうなずきが広がる。
壇上を降りると、すぐに数人の記者が近づいてきた。
「この切子のシリーズ、どの職人とコラボしたんですか?」
「デザインの指針になったインスピレーションは?」
「海外展開の初期ターゲット国は?」
真由子は、一つ一つ丁寧に答えながら、会場の片隅に立つ蒼一郎の姿を探した。
彼は、少し離れた場所からこちらを見ていた。
何も言わず、ただ目を細めて。
◇◇
夕方、来場者の波が少し落ち着いた時間。
展示品を見ていたフランス人バイヤーが、通訳を通してこう言った。
「この器たちには、静かな挑発を感じますね」
「……挑発、ですか?」
「料理人に“何を盛るか”を問うような、美しさ。
見る人を試すような、気高い器です」
真由子は、言葉にできない感情が胸に広がるのを感じた。
その器を生んだ背景には、あの長い試行錯誤と、真剣な対話があった。
――このプロジェクトが、きっと、誰かの次のインスピレーションにつながる。
ふと、蒼一郎が隣に立った。
人混みの中でも、彼の立ち姿はまっすぐで、静かな存在感を放っていた。
「……お疲れさま。素晴らしいプレゼンでした」
「ありがとうございます。あなたのおかげです」
「いいえ。“あなたたちのおかげ”ですよ。器も、言葉も、ちゃんと響いていました」
その“あなたたち”に、自分が含まれていることが嬉しくて、真由子は小さくうなずいた。
展示会の光の中で、ふたりの影がゆっくりと重なっていた。
ガラス張りの天井から差し込む晩秋の光が、整然と並んだ展示ブースを照らしていた。
ZenCraft Internationalのブースは、黒を基調にしたシックなデザイン。
中央には、真新しいキャッチコピーが大きく掲げられていた。
“A Canvas for Your Culinary Mastery”
── 料理人の技を描く、器というキャンバス。
テーブルの上には、完成した切子の和食器が並べられている。
鉢、皿、盃、そして淡い色彩のグラスたち。
どれも、光を受けてさりげなく輝き、使い手の発想を待っているかのようだった。
◇◇
「いよいよですね」
会場入り直前、真由子は蒼一郎の隣で言った。
「ええ。でも……あなたの出番のほうが大きいですよ」
「そうでしょうか」
「あなたがいなかったら、この器は“ただのガラス”のままだったと思います」
蒼一郎の声に、真由子は小さく微笑んだ。
◇◇
正午すぎ、バイヤーと報道関係者が集まるステージ前。
プロジェクトリーダーとして、真由子が壇上に立つ。
少しの緊張を感じながら、マイクを握った。
「本日はお越しいただきありがとうございます。
ZenCraft Internationalが提案するのは、ただの食器ではありません。
料理人の技を受け止め、その一皿に物語を添える“光のキャンバス”です」
背後のスクリーンに、料理が盛りつけられた切子器の写真が次々と映し出される。
日本料理、創作和食、フュージョン料理──すべてが器に映えていた。
「伝統工芸という言葉には、時に“完成された過去”という響きがあります。
でも私たちは、それを“これから生まれる料理の一部”として捉え直しました。
伝統は、未来の技術や感性と結びついてこそ、生きるものだと信じています」
一瞬の沈黙。そして、客席のあちこちでうなずきが広がる。
壇上を降りると、すぐに数人の記者が近づいてきた。
「この切子のシリーズ、どの職人とコラボしたんですか?」
「デザインの指針になったインスピレーションは?」
「海外展開の初期ターゲット国は?」
真由子は、一つ一つ丁寧に答えながら、会場の片隅に立つ蒼一郎の姿を探した。
彼は、少し離れた場所からこちらを見ていた。
何も言わず、ただ目を細めて。
◇◇
夕方、来場者の波が少し落ち着いた時間。
展示品を見ていたフランス人バイヤーが、通訳を通してこう言った。
「この器たちには、静かな挑発を感じますね」
「……挑発、ですか?」
「料理人に“何を盛るか”を問うような、美しさ。
見る人を試すような、気高い器です」
真由子は、言葉にできない感情が胸に広がるのを感じた。
その器を生んだ背景には、あの長い試行錯誤と、真剣な対話があった。
――このプロジェクトが、きっと、誰かの次のインスピレーションにつながる。
ふと、蒼一郎が隣に立った。
人混みの中でも、彼の立ち姿はまっすぐで、静かな存在感を放っていた。
「……お疲れさま。素晴らしいプレゼンでした」
「ありがとうございます。あなたのおかげです」
「いいえ。“あなたたちのおかげ”ですよ。器も、言葉も、ちゃんと響いていました」
その“あなたたち”に、自分が含まれていることが嬉しくて、真由子は小さくうなずいた。
展示会の光の中で、ふたりの影がゆっくりと重なっていた。