過去を捨て、切子の輝きに恋をする

2.

展示会の翌週。
午後、港区のZenCraftオフィスにDavidが帰国した。
軽快な足取りでフロアに入りながら、上着を脱ぎざまに言う。

「Hey! 真由子、蒼一郎氏、展示会お疲れさま。記事も写真も全部見たよ。素晴らしかった」

「おかえりなさい、David」
真由子が立ち上がりながら、笑顔で迎える。

蒼一郎も会議室の扉に手をかけ、軽く会釈した。

「特に、あの“キャンバス”のコンセプト……現地の取引先にも評判がよかった。
“ただの工芸品”ではなく、“料理人のクリエイティビティを刺激する器”として明確に伝わったみたいだ」

「それは……嬉しいですね」
真由子が安堵の息をつく。

「今回はあえて東京の展示会に出した。メディアにも見せたいし、何より海外のバイヤーも数多く来場するからね。
ブランドとして“日本発”を強く印象づけたかったんだ」

Davidはテーブルの上に資料を広げ、続けた。

「で、今度はアメリカ本土の展示会に出す。ニューヨークの“NY NOW”。
うちが扱うクラフト日本酒のルートを活かして、現地の高級レストランやバイヤーに食器を紹介する」

「……“NY NOW”ですか」
真由子の声に、軽い緊張が混じった。

「グラスシリーズも出す。もちろん、展示会では会社が責任持ってブースを管理する。
でも現地でのPRと商談の組み立ては、真由子、君にやってもらいたい。できるね?」

一瞬の沈黙。だが、それは迷いではなく、決意を深めるための呼吸の間だった。

「もちろんです。やります」

Davidはにやりと笑った。

「いい返事だ。じゃあ、数日中にキックオフミーティングを組もう。蒼一郎氏、またご一緒できそうですか?」

「もちろん。今度こそ、“現場に立つ器の顔”を、世界に見せる番ですね」
蒼一郎の声も、確かだった。

そのとき、会議室の窓の外に夕日が差し込んだ。
光がグラスに当たり、机上の試作品がわずかに輝く。

真由子はその輝きを見つめながら、心のなかで静かに誓った。

――もう過去の私じゃない。これは、私自身の仕事。

世界のどこかのテーブルに、自分の関わった器が並ぶ日が来る。
その未来が、確かにここから始まる――そう思えた。
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