過去を捨て、切子の輝きに恋をする

3.

 通話ボタンを押すとインターホンの映像に、明の顔が映った。
 酔っている様子はなかったが、妙に疲れた目をしている。

「今日だけでいいから……泊めてよ」

 真由子は、深く息を吸い込んだ。

「もう、そういうのやめたいの」

「え?」

「引っ越す。それから、番号も変える」

 明の顔が、引きつる。

「冗談だよね。待ってよ、急に……。俺、今ちょっと大変で――」
「いつも、そうでしょ。だから、これ以上は無理なの」

 数秒の沈黙のあと、真由子はインターホンの通話を切る。画面から明の顔が消えた。

 真由子は子機を置き、部屋の中の静けさを確認するように辺りを見回した。
 もう誰にも入ってきてほしくなかった。

   ◇◇

 小さな段ボール数箱に詰めた荷物を、新しいマンションに運び入れた。
 スマホショップで手続きを終えた帰り、ふと空を見上げる。

 都会の空は狭いけれど、何かがやっと終わったような気がした。
 そして、始まる。今度こそ、自分のための人生が。
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