過去を捨て、切子の輝きに恋をする
第二章 「挑戦」
1.
二度目の訪問は、前回とは違い午後の柔らかい陽射しのなかだった。
応接間の障子から差し込む光に、埃一つない江戸切子のグラスがきらりと反射している。
倉橋蒼一郎は、すでに何種類かのグラスをテーブルに並べていた。
作務衣ではなく、今日は薄手のジャケット姿だ。職人ではなく、経営者の顔がそこにあった。
「具体的な商品イメージをすり合わせたいと思いまして」
そう言って、蒼一郎は一つずつグラスを指し示す。
「こちらが、一般的に日本酒を飲むときに使われる冷酒杯です。これは、向こうのレストランで日本酒がワイングラスで提供されることが多いと聞いて――」
ワイングラスのような細いステムのグラスには、繊細なカットが施されていた。
伝統の重みを纏いながら、どこか洗練された空気を纏っている。
「おしゃれで美しいですね。照明の下で、さらに映えそうです」
真由子がそう言うと、倉橋はふと目を向けた。目元がわずかに柔らかくなる。
Davidは手にとった冷酒杯を透かして見ながら言う。
「輸送費や関税を加味すると、価格帯はどうしても上がる。だからこそ、ブランドとしての“特別感”がほしい」
「その“特別感”、どう作るかが課題だな」
蒼一郎が続ける。
「技術だけでは、伝統工芸はもう売れない。特に海外には、文脈が届きにくい」
「そうですね」
真由子は少し考えてから口を開いた。
「実用性と芸術性、それから“物語”のようなものが必要かもしれません。
誰かにプレゼントしたくなるような。持っていたくなるような理由を、作るべきかと」
その言葉に、空気が少し変わった気がした。
蒼一郎が、真由子に静かに視線を向ける。
彼の視線は、前回よりも少し長く、そして深い。
Davidも「Exactly(まさにその通り)」と笑みを浮かべ、真由子にうなずいた。
「前回よりもずいぶん積極的だな」
そう言ったのは蒼一郎だった。どこか、探るような声。
「前回は“通訳として連れてこられた”と思っていたんです。でも今日は、ちゃんとチームの一員として来ていますから」
真由子は、微笑みながらそう返した。
蒼一郎は小さく「そうか」と呟き、ワイングラスを手に取った。
「実はこれ、去年うちの若手がデザインした試作品なんです。伝統に頼らず、今の感覚で切ってみようと」
「……それ、もっと前面に出してもいいと思います」
真由子の声に、蒼一郎の手が止まる。
「若手の感性を“伝統の中の未来”として紹介するって、ストーリーになります。
“この技術を、未来に引き継ぐために”というメッセージにできるかもしれません」
数秒の沈黙のあと、蒼一郎は口元だけで笑った。
「意外と、通訳よりもこっちの方が向いてるかもしれないですね」
「光栄です」
真由子は、今度ははっきりと笑った。
そしてその笑顔を見て、蒼一郎が何かを感じ取ったように見えた――それが何かは、まだわからなかったけれど。
応接間の障子から差し込む光に、埃一つない江戸切子のグラスがきらりと反射している。
倉橋蒼一郎は、すでに何種類かのグラスをテーブルに並べていた。
作務衣ではなく、今日は薄手のジャケット姿だ。職人ではなく、経営者の顔がそこにあった。
「具体的な商品イメージをすり合わせたいと思いまして」
そう言って、蒼一郎は一つずつグラスを指し示す。
「こちらが、一般的に日本酒を飲むときに使われる冷酒杯です。これは、向こうのレストランで日本酒がワイングラスで提供されることが多いと聞いて――」
ワイングラスのような細いステムのグラスには、繊細なカットが施されていた。
伝統の重みを纏いながら、どこか洗練された空気を纏っている。
「おしゃれで美しいですね。照明の下で、さらに映えそうです」
真由子がそう言うと、倉橋はふと目を向けた。目元がわずかに柔らかくなる。
Davidは手にとった冷酒杯を透かして見ながら言う。
「輸送費や関税を加味すると、価格帯はどうしても上がる。だからこそ、ブランドとしての“特別感”がほしい」
「その“特別感”、どう作るかが課題だな」
蒼一郎が続ける。
「技術だけでは、伝統工芸はもう売れない。特に海外には、文脈が届きにくい」
「そうですね」
真由子は少し考えてから口を開いた。
「実用性と芸術性、それから“物語”のようなものが必要かもしれません。
誰かにプレゼントしたくなるような。持っていたくなるような理由を、作るべきかと」
その言葉に、空気が少し変わった気がした。
蒼一郎が、真由子に静かに視線を向ける。
彼の視線は、前回よりも少し長く、そして深い。
Davidも「Exactly(まさにその通り)」と笑みを浮かべ、真由子にうなずいた。
「前回よりもずいぶん積極的だな」
そう言ったのは蒼一郎だった。どこか、探るような声。
「前回は“通訳として連れてこられた”と思っていたんです。でも今日は、ちゃんとチームの一員として来ていますから」
真由子は、微笑みながらそう返した。
蒼一郎は小さく「そうか」と呟き、ワイングラスを手に取った。
「実はこれ、去年うちの若手がデザインした試作品なんです。伝統に頼らず、今の感覚で切ってみようと」
「……それ、もっと前面に出してもいいと思います」
真由子の声に、蒼一郎の手が止まる。
「若手の感性を“伝統の中の未来”として紹介するって、ストーリーになります。
“この技術を、未来に引き継ぐために”というメッセージにできるかもしれません」
数秒の沈黙のあと、蒼一郎は口元だけで笑った。
「意外と、通訳よりもこっちの方が向いてるかもしれないですね」
「光栄です」
真由子は、今度ははっきりと笑った。
そしてその笑顔を見て、蒼一郎が何かを感じ取ったように見えた――それが何かは、まだわからなかったけれど。