過去を捨て、切子の輝きに恋をする

2.

 会社に戻ると、Davidは真由子を会議室の奥に招いた。
 薄いブルーのネクタイを緩めながら、彼はモニターのスリープを解除し、そのまま椅子に深く腰掛ける。

「Good job today. You handled it better than I expected.(今日はよくやった。思っていたよりうまくこなしたね)」

 そして、やや真面目な声にトーンを変えた。

「君に、このプロジェクトのリードを任せたい」
 真由子が驚いて言葉を詰まらせると、Davidは軽く頷いて続けた。

「蒼一郎氏も、君の意見をしっかり受け止めていた。
 君の言葉には、ちゃんと“現場を動かす力”がある。自信を持っていい」

 真由子は、一瞬目を伏せる。
 嬉しさと同時に、不安も胸にわき上がってくる。

「私に……できるでしょうか」

「できるよ」
 Davidは即答した。その声には、揺るぎがなかった。

「君は通訳じゃない。パートナーだ。
 それに――一人でやるわけじゃない」

 そう言って、彼はガラスの仕切りの向こうに目を向けた。
 デスクに向かい、パソコンを操作していた女性に声をかける。

「Isla、ちょっと来てくれる?」

 すらりとした長身に、ダークブロンドの髪を軽く結った女性が、真由子の前に歩み寄ってくる。
 スタイリッシュなパンツスーツ 姿。ハイヒールの足音が心地よく響いた。

「This is Yuasa Mayuko. She’ll be leading the Edo Kiriko project.(湯浅真由子さんだ。江戸切子プロジェクトをリードしてる)」

「I'm Isla Anderson. Nice to meet you.」
 アイラは流暢な英語で、柔らかく手を差し出した。
「契約と輸出周りは私が担当してるわ。わからないことがあったら、いつでも聞いてね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」
 真由子も英語で返し、しっかりと握手を交わした。

 その瞬間、自分が“責任を持つ側”に変わったことを、確かに実感した。

 緊張と期待がないまぜになって、心の奥が少し震えている。

 でも、不思議と怖くはなかった。
 この場所で、自分にしかできないことがある――そんな予感が、静かに背中を押していた。
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