ミス・ウィッチ ②
5 ここから始まる
「敵だ。集中してあたしの指示に従え。いいな?」
「ハ、ハイ!」
キアさんの声。
その鋭さに私は、私の中の全神経を集中させる。
「復唱しろ」
「ミスマジック・フローティア!」
「ミスマジック・フローティア!」
この呪文、冊子で見かけた。
キアさんと私の足元に、半径二メートルくらいの円形のプレートが現れた! 内側がピンク色で、外側がオレンジ色。不可思議な模様が書いてあって……。
これは……、魔法陣?
「姿勢を低くして、取っ手につかまれ」
取っ手? あ、この魔法陣、端のほうに取っ手がついてる、これのこと?
って聞いている暇はない! つかめ!
「とばすぞ!」
私とキアさんをのせた魔法陣は、とんでもないスピードで飛んだ! ゆ、油断したら吹き飛ばされる――。
そうだ、思い出した。これは、ミス・ウィッチの移動手段のひとつ。空中戦に便利って書いてあった気がする……って、振り落とされちゃうよ、私! 集中!
って、え!?
キアさん、魔法陣の上に立ってるよ、このスピードで! 私なんて、かがんでつかまってるので精一杯なのに……。そっか、前を見て、操縦してくれてるんだ。
もうひとつ魔法陣が違う方向に飛んで行った。おそらくセイランさんとマリエ。そうじゃなかったら困る!
魔法陣は、速度を上げたり落としたり、斜めに傾いたりと、変則的な動き方をする! ジェットコースターなんかより余裕で怖い! それはそう、安全なんか保証されてないもんね!
五秒に一回くらいのペースで、私とキアさんの真横や真上を、雪をともなった突風が吹き抜ける。キアさんの動きを見て、私も何とかかわしている状態。
わっ! っと……。
髪の毛が、わずかにかすった気がする。無駄に長いんだもん。
って、うわ、表面がカチッコチに凍ってる……。こんなの、まともに受けたら無事で済むわけがない。
キアさんはときどき、吹雪の元と思われる方向に、雷を放っている。おそらく。
雪のせいで視界が悪くてよく見えない――。
……お? 吹雪が止んだ?
相変わらず視界は真っ白だけど、突風みたいなのは収まったみたい。
「止まるぞ」
魔法陣の速度が、だんだん遅くなる。やがて静止。
ま、まだ心臓がバクバクしてる……。
私は、髪の毛の氷をなんとか払いのけながら、おそるおそる周りの様子を観察した。
次の瞬間、サーっと視界が晴れていく。異様な速さで、もとの綺麗な青空が見えるようになった。
これこそ、さっきまでの吹雪が、自然に起こったものじゃないっていう証拠。いや、五月だし、自然じゃないのは明らかなんだけどね。
あっ、ちょっと離れたところに、セイランさんとマリエの姿が見える!
「おーい、無事かー?」
キアさんも気づいて、再び魔法陣を走らせて、ふたりに近寄っていく。
内側が緑色、外側が青色の魔法陣の上に立っていたセイランさんは、いつも通りの涼しい顔をして、こくっとうなずいた。その足元では、マリエが小さく何度もうなずいている。メンタルの削られ具合は、私と同じくらいみたい……。
でも、本当に良かった。みんなケガもなさそうで――。
「……やっぱり、当たってない。マヤカさんに、忠告されただけあるね……」
聞き覚えがない声がした。凛とした鈴が鳴るような、でも静かな声。
目線の少し先に、誰かがいる。
年は、私よりも上っぽい。キアさんたちよりも上、高校生くらいに見える。ウェーブがかかった綺麗な黒髪と、水色の目をした子。真っ白な服は袖がゆったりとしていて、まるで着物みたい。
表情がないその子は、どこかひんやりとしたオーラをまとっていた。
うん、確実にこの子だ。さっきの吹雪を起こしたのは。
気がついたらキアさんが、その子にまっすぐに杖を向けている。
めんどくさそうに、両手を軽く上げるその子。
「……そんなにすぐ、頭に血をのぼらせないで。今日は別に、あなたたちを倒しに来たんじゃない。マヤカさんに頼まれて、あのちびっ子を引き取りに来ただけなんだから……」
ちびっ子?
……トウヤのことかな?
「……でも、もういないみたいだから、ちょっと挨拶したの。
科学界でうつつを抜かした実力派ミス・ウィッチさんと、うまく乗せられた科学界のミス・ウィッチさんに……」
「何だと……!?」
あーあー、キレてますキアさん。杖の中がスパークしてます。
「……そういうわけだから、今日はこれで。
私の名前は、ヤミヅキ。
今後会ったときは、きちんとお相手するよ……」
キアさんの杖から、雷が発射。
でもその時にはすでに、彼女――ヤミヅキの姿はそこにはなかった。
「くっそ……。この距離で避けんのかよ……」
悔しそうにキアさんがつぶやく。
「ってか、ムカつく!」
同意します。なんか、ものすごく敵意むき出しだったし。敵なんだから、それはそうかもしれないけど。
でも、それでも私はあのとき、言い返そうと思わなかった。
それくらい、静かだけどこちらが押しつぶされてしまいそうな、怖さがあった。
「……彼女、何者なんですか?」
キアさんにきいてみる。
「あたしたちも初対面だけど、十中八九マヤカの手下。ミス・ウィッチの敵だ。
でも、トウヤとは違う。おそらくマヤカから直々に命令されて、あたしたちを殲滅するために勝負を仕掛ける、本物の敵だ。
……久しぶりに、戦いがいがあったよ」
お?
意外なことに、キアさんの表情に余裕が見える。
「……なんか、余裕そうですね?」
尋ねるとキアさんは、一瞬驚いたような表情を見せた後、ニカッと笑った。
キアさんのこんなにはじけた顔、初めて見たかもしれない。
「当然! あたしとセイランを何だと思ってんの? あれくらいのやつ、片付けるなんて朝飯前よ!
……は、言いすぎか。油断は最大の敵だからな。それに、相手もこの空白の期間で、力を蓄えているはず。
でもそれは、こちらにだって言えること。生半可な気持ちで、ミス・ウィッチやってるわけじゃない。
気持ちの面から負けていられないっての!」
バシッと言い放ったキアさんを見て、セイランさんが満足そうに微笑んだ。
……微笑んだ!?
周りの人から見たらわずかなものかもしれないけど、私が見たなかで一番表情が動いてるよ。
すごいな。やっぱりこのふたり、めちゃくちゃかっこいい。
「……私たちも、いますから」
自然と口から出た私の言葉に、キアさんは眉をぴくっと動かした。セイランさんの表情はいつも通りに戻っちゃったけど、じっとこちらを見ている。
おこがましいかもしれないけど、伝えたい。
「私とマリエも、今はいます。
二人が四人になったから、戦力二倍……とはもちろんならないと思います。1.5倍、1.2倍……、いやもしかして今は0.7倍くらいになっちゃうかもしれないんですけど、いつか……。
いつか必ず、お二人の力になれるように、大切なものを守れるように、これから頑張ります!」
「……ヒ、ヒビキの言う通りです! お二人に守られているままじゃいられません。
私たちも、誰かの大切なものを守りたい。世界が違っても、その思いは変わりません。お二人から得るものを得て、いつかお二人に並べるように尽力します」
「……きみたち、今日はホントよく喋るね」
キアさんは、困ったように笑っていた。
そして、
「……そっか。
……まだ、完全に納得したわけじゃないけど。
同じなんだな、きみたちも」
「え?」
「ちょっと、意地をはりすぎてたのかもしれないな、あたし。
きみたちは、遊びのような気持ちで、あたしたちの仲間になりたいって言ってるんだと思ったんだ。今は争いごとが目立ってない科学界の人なんだし、ちょっと危険な目にあえば、すぐに音を上げると思ってた。
もちろん、完全には納得してない。しばらくはできないと思う。
あたしの思いも変わらないし、でも……。
きみたちの思いも、大切にしていくべきなんだな」
完全に納得してない、って、この短い間に二回も言った。それはまるで、自分の気持ちと葛藤しているみたいだった。
キアさんが、私たちに対して素っ気ない理由が、なんとなくわかった。
でも、ひと呼吸おいて、キアさんは言った。
「これからよろしく。ヒビキ、マリエ」
……!
「ハイ!」「はい!」
なんだろう……。
今、キアさん、セイランさんとの距離が、ぐっと縮まったような気がする。
ちょっとは認めてもらえた、のかな……。
「それじゃ、帰るぞ。
あ、そうだ。あのヤミヅキってやつ、強敵であることは確かだから、あたしたちがいないところでちょっかい出されたら、絶対すぐにこっちに連絡よこすんだぞ。勝手にやられても困る」
「あ、ハイ。わかりました。よろしくお願いします」
「ん。じゃあ、後片付けでも始めるか」
私たち四人は、なるべく目立たないようにして、地面に降りる。もちろん、姿を消す魔法を使って。
目隠し用の雲のことなんだけど、セイランさんが空に向かって杖を一振りしていたから、キアさんに聞いてみたら、
「まあ、タイマーをかけたようなもんだよ。
セイランが作った雲は、徐々にバラバラになっていって、数時間後には空は元に戻る。急に雲が消えたら、不自然でしょ」
な、なるほど……。よく考えてるな……。
私たちは、もとの姿に戻った。
「これ、世間の騒ぎは大丈夫なんでしょうか?」
「ああ……。ものの数分だったし、範囲はきっとふたりの学園全体くらいだし、平気なんじゃない? ダメそうだったら考えるわ。
ヤミヅキの吹雪は、なるべく上空のほうでかわしてたから、下には被害はないはず」
はへー、そこまで考えてたんだ……。
日が落ちて、影が長くなってきていた。
私と真理英は、キアさんたちを門のところまで送った。
「どうも。
そんじゃ、お疲れさん。気をつけて帰りなよ」
「ハイ、ありがとうございます!」
数歩歩いたキアさんは、なぜだか足を止める。
「……あと、言い忘れてたんだけど」
ちょっとの間の後に、照れくさそうにキアさんが言った。
「今日、楽しかった。ありがと」
「……えっ、ハイ! こ、こちらこそありがとうございました!」
と叫ぶ私の声は、スタスタと去っていったキアさんとセイランさんに、届いていたかはわからない。
でもこの直後、私と真理英は思わず、喜びのハイタッチを交わしたのでした!
to be continue…