痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
 予約も電話もせずにいきなり訪れたその患者は、大きな声で口腔内の違和感を感じると訴えだした。

「なんかねぇ、急に外れちゃったのかぁ……頬に刺さるんですぅ。私痛くって……」

(外れたって……なに? 頬に刺さる……刺さるってなに?)

 その患者の放つ意味不明な言葉に百合は不審な視線を送り続けてあれこれと思い始める。

 それを横目に桃瀬は思考を巡らせていた。

(あの視線はどういうもの? 黛様にいい印象はなさそうだし、それに笑顔で対応している先生に対してもちょっと嫌な感じで見てる? 先生絶対心情穏やかじゃないよね~、だって黛様だもん~。無駄に時間食う人だもん~。内心めっちゃ苛ついてそ~こわぁい~)

 ニコニコ受付に立ちながらも桃瀬は胸の中でハラハラしている。
 桃瀬の言う「時間を食う人=黛様」は、三嶌に惚れている患者のひとりである。

 今時びっくりするが古典的ラブレターを何通も三嶌に渡している患者だ。もちろん手紙の中身は熱烈な愛のメッセージが綴られていて、自分の歯を一生三嶌に委ねるとまで言う。今は部分矯正を開始して定期に通っている患者だった。
 さきほど述べた、「急に外れた」ものはその矯正で扱っているワイヤーのことだが矯正に縁のない百合にはその知識はない。ただ歯医者で口の中に刺さるものを取り付ける何かがあることを無駄に知らされただけだった。

 そんな知りたくなかった情報を知ってしまい、同じ空間内にいる百合は体を固くしていた。
 装飾品が派手でやたら強く巻かれたロングの巻き髪の女性の放った言葉を頭の中で何度も反芻させている。

(急に外れるなにかってなに? 頬を刺している?? どうして頬を刺すの!? 歯、関係なくない!?)

 百合は途端に青ざめた。

(やっぱりヤブ医者!? 口の中に凶器を仕込んで時間差で外れるように細工するとか? えぇ? サイコパスすぎて怖いっ!)

 とんだ妄想をまた始めていた。
< 33 / 146 >

この作品をシェア

pagetop