痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
 ――カチャカチャ。

 金属物が触れ合う音を背後から聞くだけで恐怖心を煽られる。
 
 百合は待合で待たされている間ですでに精神的に疲労して、治療の前からぐったりしていた。

(予定通り外れて痛みを与えられた悦びで気分が良くなって、私の親知らずも抜いて痛めつけようと張り切られたらどうしよう)

 すっかり三嶌をサイコパスな人間に仕立て上げて勝手に思い込みむ百合は一人で気分を悪くしていた。


 待ち時間がより妄想を掻き立てているのだ。憂鬱そうにため息をこぼす百合に背後から声をかけたのは香苗だ。

「お待たせして申し訳ありません。歯科衛生士の谷と言います。今日は先にブラッシング指導からさせてもらいますね」

「……よろしくお願いします」

「……」

 ひどく落ち込んでいる様子の百合に香苗は余計な心配を始めた。

(なんだ? もしや笹岡様はすでに先生のことが好きとか? 昨日で一目惚れ!? 無きにしも非ず! そりゃあんなイケメンと対面して誰でも一瞬は胸ときめく! まして先生気に入ってたんだからいつも以上に優しくしたかもしれん!)

 あくまで香苗の主観と想像である。

(それでなに? 黛様と先生のやり取りで変な勘違いをして落ち込んでいる? うそ、そういうこと? えー、全然ちがうよぉ!? それ本当に勘違いだからねぇ!!)

 香苗こそ大きな勘違いをしている。
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