痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
 百合も香苗も変な想像と思考で脳内を忙しくさせていた。

「普段どんな風に歯磨きされてます?」

 それでも仕事だ。
 香苗は百合に歯ブラシを差し出して、百合は遠慮がちにそれを受け取った。

「普段……あんまり考えてないですけど、こうかな」

 言われる通り普段磨くように歯ブラシを歯にあてた。

「うんうん、じゃあいつも通りするみたいに磨いてもらえます?」

 香苗は終始優しくブラッシングの指導をしてくれて痛いことは何ひとつなく、百合の心は次第に落ち着きを取り戻しだした。

「この左上が笹岡様は少し頬っぺた側に歯が傾いているのでここを磨くときだけは意識して丁寧に磨いたほうがいいですね。歯石がたまりやすくなります。タフトブラシっていう部分磨き用の歯ブラシもあるのでポイント磨きにはお勧めですよ」

「へぇ、いろいろあるんですね……歯磨きなんて意識して磨くよりかは虫歯ができないようにってことしか考えずに適当に磨いていました」

「それが一番大切じゃないですか。毎日規則的に磨くが基本です。初期段階の虫歯なんかは自力でも治せちゃうんですよ? まずはブラッシングです。フッ素入りの歯磨き粉を使って重曹水でお口をうがいするのもいいですよ~」

「ほぉぉ……それはなんと素晴らしいことでしょう」

(素直に聞いて可愛いなぁ、この子本当に二十三歳? 学生みたいにウブでピュアって感じ)

 素直に聞き入れる百合にほわほわした気持ちを抱いていた香苗だが、百合は単純に歯医者が嫌いなだけだから通わないなら万々歳! と、邪な気持ちで聞いているのだとは思っていない。

 そんなとき、“コンコン”と壁を叩く音がした。

 香苗と百合がその音に視線を送ると三嶌が目を細めて立っていた。


「TBI終わった?」

「はい。オッケーです」

 香苗が慌ててチェアーサイドを片付けだすと百合の体の硬直に気づいた。

(え! めっちゃ緊張してるじゃん……もう絶対好きなんじゃない? これはもう恋による緊張と硬直に間違いないな!!)

 香苗もまた百合への好感度が上がったことで興奮が暴走しかけていた。
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