痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
 百合と三嶌の変な会話に首を傾げつつ香苗は口腔内チェックに付き添う。

(なんなの? このふたりのこのズレた会話は!)

 診察と今後の治療の話をしているはずだ。三嶌は怪しい言い回しをしているようだけれどあくまで治療の話をしている。一方の百合だ。百合はなんだか理解がズレて受け答えをしているようにも感じた。それを完全に三嶌が診察にことかけて煽っている気がする。

「虫歯もないし、無駄に削る必要もないからこのまま新しく型を取って金属を作りましょう」

「え、削らない?」

「うん。大事な歯、わざわざ痛める必要ないしね」

 ニコリと微笑む目元に百合はまた頬を桃色に染めた。

「あり、ありがとうございます」

「……」

「そんな思いやった優しい言葉言ってくれる先生、はじめて……」

 チェアーに寝そべりながら見上げてそんな言葉を吐き出す百合を三嶌は黙って見つめていた。背後に立つ香苗には三嶌の表情は見えない。けれど香苗は思っていた。

(かっ、かっ……かわいい!)

 歯科治療において三嶌が特別優しい言葉を言ったわけでもなく、至極当たり前で真っ当な診断であると香苗もわかっている。なんなら三嶌はどの患者にもそういう対応をしているからこそ百合に特別な処置をしているわけではない。

 けれど。

(なんだこれは……私でもなんか胸きゅんってきたぞ!)

 そしてそれは、三嶌の胸にも違う意味で響いていたのだ。
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