痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
 親知らずを抜くべきだと提案したら百合の表情は青ざめてショックを隠し切れなくなっていた。その素直な感情表現は医師として非常に分かりやすくやりやすい患者であると冷静に思う三嶌。

 抜歯はあくまで提案で今すぐに抜こうというわけではない、けれどいずれは抜いたほうがいいだろう……三嶌の気持ちはそれくらい軽いものだった。しかし、落ち込んでいる百合にはそんな風に全く伝わっていないのが見て取れる。三嶌は処置する理由と必要性だけをなるべく丁寧に説明した。

「大丈夫だよ」

 その何気なく言った言葉に百合の表情がいきなり緩んだ。
 ホッとしたとも違う、しいていうなら恋をしたようなそんな顔だった。

 おそらく本人は気づいていない、けれど三嶌はそれに気づく。

 この子は今、俺の言葉に堕ちた――そう察知した。

 この時に三嶌は百合にとって「大丈夫」と声をかけてあげることが心を揺さぶるパワーワードだと確信し、何かあるたびにその言葉をかけた。

 予測どおり、百合はその言葉を聞くとピンク色に頬を染め湯上がりのようにほっこりとする。その姿はまた三嶌を煽るキッカケになるだけだった。
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