痛くしないで!~先生と始める甘い治療は胸がドキドキしかしません!~
 抜歯は思っている以上にスムーズに終わった。
 下顎の親知らずは手こずることもあるけれど百合の歯は折れることもなくきれいに抜くことができた。
 
 そして、百合の一部を手に入れられたと三嶌はトレーに乗せられた血まみれの親知らずを見て満足げに微笑む。

(この歯はきれいに洗浄したらティースキーパーにつけて置いておこう)

 百合の身の物はすべてほしい、三嶌はそう思っていた。

 来院したときに外れたと持ってきていたインレーは速攻捨てた。自分が型取ったものではない、どこの誰が作ったものかわからないものを百合の歯に戻す気はなかったし、置いておく気もさらさらなかった。歯の中にすでに装着されている金属もできるなら自分がすべて作り変えたいところだがそれは今のところ無理そうなので諦めた。ちなみに余談ではあるが、百合の型取った模型は院長室に大切に保管されていたりする。

「痛くないか」そう聞いたら百合は「痛い」と答えた。

 声で泣いているのがわかった。わかっていたが、声をかけず手を止めることもなく三嶌は治療を優先した。

 作業を終えて百合の目元のタオルを外した。
 
 ふわふわの髪は顔を覆い隠すこともなく、白い丸い顔が蛍光灯に照らされてますます白く輝く。
 
 ゆっくり瞼を開ける百合の瞳は潤んでいて、涙が目尻から頬をツーッと伝って流れていく。

(あぁ、もったいない――)

 流れ落ちていく涙を指で拭って三嶌は思う。

 この涙一粒だって自分のものにしたいのに、勝手にこぼさないでほしい……そう思った。
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