君と紡いだ奇跡の半年


 退院してから数日が経った。

 二度目のこの日々は、不思議な感覚だった。

 目の前に広がる景色も、教室に流れる空気も、誰かの仕草も——すべてが以前と同じなのに、俺だけが違う記憶を抱えてここにいる。

「湊、おはよう!」

 紗希がいつも通りの笑顔で教室に入ってきた。

「おはよ」

 この笑顔も、また会えた。

 紗希が俺の前の席に腰を下ろすと、後ろから真が教科書を小脇に抱えてやってきた。

「ほらよ。昨日のプリントまとめといたぞ」

「サンキュ」

「いいって。お前が病み上がりで大変なんだからよ」

 その優しさに、心がじんわりと温かくなる。

 知っている。

 真は、あの最初の時間軸でも同じことをしてくれていた。

 すべてが予定通り進んでいる——いや、運命通りと言うべきか。

(でも、今回は違う。俺は知っているんだ)

 何が待っているのかも、どれだけの時間が残されているのかも。

 だったら——

 今度こそ、守りたいものを守りたい。



 放課後、俺たちは音楽室に集まった。

「よーし、今日も気合い入れてくぞ!」

 真がベースを肩にかけながら叫ぶ。

 紗希は笑顔でキーボードの前に座り、俺はギターのチューニングを始めた。

 この瞬間が、たまらなく好きだ。

「新曲の歌詞、湊はどう? 進んでる?」

 紗希が優しく問いかけてくる。

「ああ、昨日かなり書いたよ」

「おお!さすがだな」

 真が嬉しそうにうなずく。

 実際は——書いたというより、思い出したのだ。

 前の時間軸で完成させた歌詞を、俺の中ではすでに覚えていた。

「じゃあ、少し合わせてみようか」

 紗希がコード進行を弾き始め、真のベースが重なる。

 俺はそっと深呼吸して、マイクの前に立った。

『いつか終わる この時を 誰より強く抱きしめて
 君と描く未来が ここにあると信じたい』

 歌いながら、自然と胸が熱くなった。

 こうして歌える今が、何よりも愛おしかった。

「やっぱり……いい曲だな」

 演奏が終わると、真がしみじみと呟いた。

「湊の歌詞、ほんとに綺麗だよ」

 紗希も微笑んでくれる。

「ありがとな」

 言葉にすると、少し涙がにじみそうになった。

(本当は、もう一度書き直せたからこそ今があるんだ)

 それを二人は知らない。

(でも、この秘密は俺だけが背負おう)



 練習のあと、帰り道。

 紗希と二人で歩いていた。

「最近、元気そうでよかった」

「うん、体調もだいぶ落ち着いてる」

「……無理だけはしないでね」

 紗希が立ち止まり、俺の顔を覗き込む。

 この表情も前とまったく同じだ。

「紗希、ありがとう」

「え?」

「こうして気にかけてくれて。すごく救われてるんだ」

 今まで言えなかった感謝を、素直に伝えたかった。

 紗希は少し驚いた顔をして、すぐに照れたように微笑んだ。

「……そう言ってくれるなら、私も嬉しい」

 その笑顔が、何よりの答えだった。

(今度は、紗希に……もっと自分の気持ちを伝えられるようになりたい)

 胸の中に、小さな決意が生まれた瞬間だった。



 数日後。

 また音楽室での練習が始まった。

「なあ湊、次のライブさ——文化祭の後夜祭、出てみないか?」

 真が突然切り出した。

「後夜祭?」

「そう! 今年から実行委員がライブ枠作るって話が出てるんだ」

「マジで? それ初耳だわ」

「この前、委員の連中が盛り上がってたぞ。うちのバンド、絶対推薦されるって」

 紗希も嬉しそうに声を弾ませた。

「チャンスだよ、湊!」

(そうだった——)

 思い出した。前の時間軸でもこの話はあった。

 でも、その時は病状が悪化して途中で出場を諦めたんだ。

(なら、今度は——)

「よし、やろう。出よう、後夜祭」

 力強く言った俺に、真も紗希も目を輝かせた。

「よっしゃあ!」

「やったあ!」

 俺たちの新たな目標が決まった瞬間だった。

(この先に、どんな困難が待っていても——今度は逃げない)

(最高の半年を、今度こそ生き抜いてやる——)
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