君と紡いだ奇跡の半年
退院してから数日が経った。
二度目のこの日々は、不思議な感覚だった。
目の前に広がる景色も、教室に流れる空気も、誰かの仕草も——すべてが以前と同じなのに、俺だけが違う記憶を抱えてここにいる。
「湊、おはよう!」
紗希がいつも通りの笑顔で教室に入ってきた。
「おはよ」
この笑顔も、また会えた。
紗希が俺の前の席に腰を下ろすと、後ろから真が教科書を小脇に抱えてやってきた。
「ほらよ。昨日のプリントまとめといたぞ」
「サンキュ」
「いいって。お前が病み上がりで大変なんだからよ」
その優しさに、心がじんわりと温かくなる。
知っている。
真は、あの最初の時間軸でも同じことをしてくれていた。
すべてが予定通り進んでいる——いや、運命通りと言うべきか。
(でも、今回は違う。俺は知っているんだ)
何が待っているのかも、どれだけの時間が残されているのかも。
だったら——
今度こそ、守りたいものを守りたい。
*
放課後、俺たちは音楽室に集まった。
「よーし、今日も気合い入れてくぞ!」
真がベースを肩にかけながら叫ぶ。
紗希は笑顔でキーボードの前に座り、俺はギターのチューニングを始めた。
この瞬間が、たまらなく好きだ。
「新曲の歌詞、湊はどう? 進んでる?」
紗希が優しく問いかけてくる。
「ああ、昨日かなり書いたよ」
「おお!さすがだな」
真が嬉しそうにうなずく。
実際は——書いたというより、思い出したのだ。
前の時間軸で完成させた歌詞を、俺の中ではすでに覚えていた。
「じゃあ、少し合わせてみようか」
紗希がコード進行を弾き始め、真のベースが重なる。
俺はそっと深呼吸して、マイクの前に立った。
『いつか終わる この時を 誰より強く抱きしめて
君と描く未来が ここにあると信じたい』
歌いながら、自然と胸が熱くなった。
こうして歌える今が、何よりも愛おしかった。
「やっぱり……いい曲だな」
演奏が終わると、真がしみじみと呟いた。
「湊の歌詞、ほんとに綺麗だよ」
紗希も微笑んでくれる。
「ありがとな」
言葉にすると、少し涙がにじみそうになった。
(本当は、もう一度書き直せたからこそ今があるんだ)
それを二人は知らない。
(でも、この秘密は俺だけが背負おう)
*
練習のあと、帰り道。
紗希と二人で歩いていた。
「最近、元気そうでよかった」
「うん、体調もだいぶ落ち着いてる」
「……無理だけはしないでね」
紗希が立ち止まり、俺の顔を覗き込む。
この表情も前とまったく同じだ。
「紗希、ありがとう」
「え?」
「こうして気にかけてくれて。すごく救われてるんだ」
今まで言えなかった感謝を、素直に伝えたかった。
紗希は少し驚いた顔をして、すぐに照れたように微笑んだ。
「……そう言ってくれるなら、私も嬉しい」
その笑顔が、何よりの答えだった。
(今度は、紗希に……もっと自分の気持ちを伝えられるようになりたい)
胸の中に、小さな決意が生まれた瞬間だった。
*
数日後。
また音楽室での練習が始まった。
「なあ湊、次のライブさ——文化祭の後夜祭、出てみないか?」
真が突然切り出した。
「後夜祭?」
「そう! 今年から実行委員がライブ枠作るって話が出てるんだ」
「マジで? それ初耳だわ」
「この前、委員の連中が盛り上がってたぞ。うちのバンド、絶対推薦されるって」
紗希も嬉しそうに声を弾ませた。
「チャンスだよ、湊!」
(そうだった——)
思い出した。前の時間軸でもこの話はあった。
でも、その時は病状が悪化して途中で出場を諦めたんだ。
(なら、今度は——)
「よし、やろう。出よう、後夜祭」
力強く言った俺に、真も紗希も目を輝かせた。
「よっしゃあ!」
「やったあ!」
俺たちの新たな目標が決まった瞬間だった。
(この先に、どんな困難が待っていても——今度は逃げない)
(最高の半年を、今度こそ生き抜いてやる——)