君と紡いだ奇跡の半年


 退院してから学校生活が戻り、音楽室での練習も順調に再開されていった。

 けれど、その裏で俺は定期的に病院にも通っていた。

 ある日、放課後の検査を終えて、父さんと母さんと一緒に病院のカフェに寄った。

「どうだった?」

 母さんが不安そうに尋ねる。

「……特に変わりはないってさ。現状維持だって」

 できるだけ明るく返した。

 父さんが静かにうなずく。

「現状維持か……なら、よしだ」

 その声はどこか無理に平静を装っていた。

 母さんは俯きながら、カップを両手で包み込むように握っていた。

「……湊、ごめんね。辛い思いさせて……」

「何言ってんだよ。母さんが謝ることじゃないって」

 俺はできるだけ柔らかく微笑んだ。

「今は普通に学校行けてるし、真とも紗希ともバンドもできてる。楽しいよ」

 母さんの目に、じわっと涙が滲んでいた。

「本当に……強い子だね、湊は……」

 父さんがポンと俺の肩を叩いた。

「でも、無理だけはするなよ。お前が笑ってるのが一番だから」

「うん……分かってる」

 心の中ではもちろん、不安が消えたわけじゃない。

 でも——今は、それ以上に守りたいものがあった。

(せっかく与えられたこの時間を、絶対に後悔しないように生きるんだ)



 病院を出ると、夕陽がビルの隙間から差し込んでいた。

 父さんが車を回してくれる間、母さんと並んで駐車場で待つ。

「……ねぇ湊」

「ん?」

「ありがとうね、こんなに頑張ってくれて」

 母さんのその言葉が胸に沁みた。

「俺の方こそ……ありがとう」

 言葉を交わしながら、ゆっくりと夜が訪れていった——。







 病院での検査から数日後——

 放課後、紗希と二人で並んで歩いていた。

 夕暮れのオレンジ色が校舎を染め、静かな風が頬を撫でる。

「最近、無理してない?」

 紗希が少しだけ心配そうに尋ねた。

「大丈夫だよ。まだ動けるし、音楽も楽しいしさ」

 本当は少し疲労が溜まっていたけど、それを悟らせたくなくて笑った。

 紗希は立ち止まり、俺の正面に向き直った。

「無理は……しないでね。無理して倒れたら……すごく怖いから」

 その声はわずかに震えていた。

 俺は驚きながらも、ゆっくりと頷いた。

「うん。ありがとう。紗希がいてくれるから、頑張れてるよ」

 紗希の頬が少し赤く染まる。

「……そばにいるよ。これからも、ずっと」

 その一言に、胸の奥が熱くなる。

 思わず言葉を返しかけたが、喉の奥で飲み込んだ。

(——まだだ。今はまだ、言葉にするには早すぎる)

 沈黙の中、二人でゆっくり歩き出す。

 紗希がポツリと呟いた。

「ねえ湊……もし、時間が止められたらいいのにね」

 その言葉が妙に胸に刺さった。

「……そうだな。本当にそう思うよ」

 俺たちは並んで歩きながら、ゆっくりと夜の街へ消えていった——。







 後夜祭のライブ出演が決まったことで、俺たちの毎日はさらに色づき始めた。

 放課後の音楽室は、まるで俺たちだけの秘密基地だった。

「よし! 今日は新曲の仕上げに入るぞ!」

 真がベースを抱えながら、いつものように声を張り上げる。

「歌詞の最後の部分、少し変えたいんだよね」

 紗希が楽譜を指でなぞりながら言った。

「ああ、俺もそう思ってた。もっと前向きなフレーズにしたい」

 こうして意見を出し合いながら曲を磨いていく時間が、何より幸せだった。

 何度も同じフレーズを繰り返して確認し、ようやく全員が納得できる形に仕上がっていく。

「……これで、完成だな」

 俺が呟くと、真と紗希が同時に笑った。

「最高の曲になったね!」

「ああ。あとは本番で全力出すだけだ」



 その帰り道——

「なあ、湊」

 真がふいに歩きながら口を開いた。

「お前、最近……なんか変わったよな」

「え?」

「前よりも、なんつーか……迷いがなくなったっていうかさ」

 一瞬、ドキリとした。

(それは……多分、俺が未来を知ってるからだ)

「そ、そうかな?」

「うん。でもいい意味だよ。前向きになったっていうか。俺、今のお前、すげー頼もしく感じるんだ」

 真はにかみながら言った。

 そんな風に言われると、逆に照れくさくなる。

「ありがとな……」

「ま、でも無理はすんなよ。何かあったら、ちゃんと頼れよ」

「ああ、わかってる」

 この何気ない会話が、今はたまらなく愛おしい。



 そして——後夜祭当日。

 今年の文化祭は、例年とは違っていた。

 文化祭の本番が終わった後、実行委員が新たに企画した『後夜祭特別ライブステージ』。

 文化祭ではやり切れなかった生徒たちの希望を叶えるための新企画だ。

 実質、文化祭のアンコールみたいなこのステージに、俺たちは出演することになった。

 校内は夜のライトアップに照らされ、昼間の喧騒とはまた違う幻想的な空気が広がっていた。

「すごい……昼間とは全然雰囲気違うね」

 紗希が感動したように周りを見渡す。

「なかなかやるよな、今年の実行委員も」

 真も満足げに頷く。

 生徒たちは思い思いに屋台や縁日風のブースを楽しみ、中央の特設ステージでは軽音部やダンス部のパフォーマンスが続いていた。

 俺たちの出番は、後半の目玉枠。

「いよいよだな」

「うん……なんか、緊張してきたかも」

 紗希が胸に手を当てて笑う。

「大丈夫だって。練習通りにやればいい」

「そうそう。俺たち、もう十分仕上がってる」

 真と二人で背中を押す。



 舞台裏でスタンバイする中、司会のアナウンスが響いた。

『続きまして、本日のトリを飾るスペシャルバンド——2年B組・FIRE FLAMEの登場です!』

 大きな拍手と歓声が夜空に響き渡る。

「行こう」

「おう!」

「……うん!」

 俺たちはスポットライトに照らされながら、特設ステージに飛び出した。



 夜風が心地よい。

 星空の下、ライトに照らされた観客席がキラキラと揺れている。

「こんばんは! 最高の夜を、みんなで作ろう!」

 俺が叫ぶと、大歓声が返ってきた。

 真のベースが低く唸り始め、紗希のキーボードが旋律を奏でる。

 俺はギターをかき鳴らしながら、マイクに向かって歌い出した。

『たとえ終わりが訪れても——
 君と過ごした季節は 永遠になる』

 サビに向かうたび、会場の一体感が高まっていく。

 観客席から自然と手拍子が生まれ、みんなの顔が笑顔に染まっていく。

(これだ……これが、俺の生きた証だ)

 演奏の最後の音が鳴り響き、観客から大きな拍手が湧き起こった。

「ありがとう——!」

 深く頭を下げながら、胸の奥から溢れてくる感情を必死に堪えた。

(ここまでは……前と違う未来を歩けてる。絶対に……後悔しない半年にしてやる)
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