黒兎の相棒は総長でも止められない

揺れるじゃないと忍び寄る嵐



 

 

車内の空気は、兄が去ったあとも妙に静かだった。

窓の外の景色が流れる音だけが響いてる。

 

私はずっと顔の熱を冷ませずにいた。
さっきのやり取りが頭の中でぐるぐるしてた。

 

(……兄に…バレてる、よね…絶対…)

(ていうか凪くん、なんであんな言い方するの…)

 

「……お前さ」

 

不意に凪くんの低い声が落ちる。

 

「ん…?」

 

「顔、赤ぇぞ」

 

「~~~っ」

 

慌てて窓の外に目を向ける。

 

「…だ、だって…恥ずかしいでしょ、あれ…!」

 

凪くんがクスッと笑う。

片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手で私の頭をポンと撫でた。

 

「意外とバレんの早ぇよな。ま、隠せると思ってた方が甘いけど」

 

「~~や、やっぱりバレてた…?」

 

「そりゃあの兄貴だしな」

 

軽い口調なのに、どこか余裕のあるその声にまた心臓が跳ねた。

 

「けど――」

 

凪くんはふっと少しだけ声のトーンを落とす。

 

「これでもう何も隠さず堂々とできんじゃん」

 

「……っ…」

 

その言葉が、胸の奥に深く落ちてくる。
私は何も言えず、ぎゅっとスカートの裾を握りしめた。

 

(…ずるいよ…ほんと、ずるい…)

 

「お前も、逃げんなよ?」

 

低く囁かれたその一言に、私は静かに小さく頷いた。

 

「……逃げない…」

 

凪くんの口元がわずかに緩む。

 

「いい子」

 

そう言いながら、信号待ちのタイミングで私の頭をもう一度優しく撫でた。

 

甘い、静かな空気――

けれど、その穏やかさも長くは続かなかった。

 



 

その日の夜。

 

凪くんからのLINEが震えた。

 

【しばらく夜は家から出んな】

 

突然の短いメッセージに、嫌な緊張が走る。

 

【……どうしたの?】

 

すぐに送った私の問いに、少し間を空けて返ってきた文字。

 

【一番荒れてる。下手に巻き込みたくねえ】

 

(……一番、って…)

 

指先が自然と震えた。

これまで何度も聞いてきた”抗争”という言葉。
けれど今までと違う、もっと重たい響きがそこにあった。

 

嵐の中心に、凪くんも兄も――確実に巻き込まれていく。

私は胸の奥をざわつかせながら、握ったスマホを強く抱きしめた。

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