黒兎の相棒は総長でも止められない
揺れるじゃないと忍び寄る嵐
車内の空気は、兄が去ったあとも妙に静かだった。
窓の外の景色が流れる音だけが響いてる。
私はずっと顔の熱を冷ませずにいた。
さっきのやり取りが頭の中でぐるぐるしてた。
(……兄に…バレてる、よね…絶対…)
(ていうか凪くん、なんであんな言い方するの…)
「……お前さ」
不意に凪くんの低い声が落ちる。
「ん…?」
「顔、赤ぇぞ」
「~~~っ」
慌てて窓の外に目を向ける。
「…だ、だって…恥ずかしいでしょ、あれ…!」
凪くんがクスッと笑う。
片手でハンドルを操作しながら、もう片方の手で私の頭をポンと撫でた。
「意外とバレんの早ぇよな。ま、隠せると思ってた方が甘いけど」
「~~や、やっぱりバレてた…?」
「そりゃあの兄貴だしな」
軽い口調なのに、どこか余裕のあるその声にまた心臓が跳ねた。
「けど――」
凪くんはふっと少しだけ声のトーンを落とす。
「これでもう何も隠さず堂々とできんじゃん」
「……っ…」
その言葉が、胸の奥に深く落ちてくる。
私は何も言えず、ぎゅっとスカートの裾を握りしめた。
(…ずるいよ…ほんと、ずるい…)
「お前も、逃げんなよ?」
低く囁かれたその一言に、私は静かに小さく頷いた。
「……逃げない…」
凪くんの口元がわずかに緩む。
「いい子」
そう言いながら、信号待ちのタイミングで私の頭をもう一度優しく撫でた。
甘い、静かな空気――
けれど、その穏やかさも長くは続かなかった。
*
その日の夜。
凪くんからのLINEが震えた。
【しばらく夜は家から出んな】
突然の短いメッセージに、嫌な緊張が走る。
【……どうしたの?】
すぐに送った私の問いに、少し間を空けて返ってきた文字。
【一番荒れてる。下手に巻き込みたくねえ】
(……一番、って…)
指先が自然と震えた。
これまで何度も聞いてきた”抗争”という言葉。
けれど今までと違う、もっと重たい響きがそこにあった。
嵐の中心に、凪くんも兄も――確実に巻き込まれていく。
私は胸の奥をざわつかせながら、握ったスマホを強く抱きしめた。
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