婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
グレイブが鍛錬を終えて帰ってくる夕暮れ時――

いつもその時間になると、私の胸は少しだけ高鳴る。

泥と汗のにおいを纏って現れる彼は、それでも私には誰より頼もしく見えて、扉を開けた瞬間、思わず笑みがこぼれる。

「ただいま」

その一言のあと、グレイブは必ず私を強く抱きしめてくれる。

「アーリンの顔を見ると、どうしても我慢できないんだ」

そう囁かれた瞬間、頬が熱くなる。


だが――

その時、必ず感じるもうひとつの視線。

ミーシャさんが、私たちをじっと見ている。

音もなく、表情もなく、けれど確かに、冷たい感情を滲ませた瞳で。


グレイブもそれに気づいている。

「こればっかりは、すまないな。ミーシャ」

気まずそうにそう言う彼の背中越しに、ミーシャさんの目が一層鋭くなった。


彼女は分かっているのだ。

いつか私とグレイブが、正式に夫婦になることを。

止めようのない流れだと。

それでも――気持ちは、止められないのだろう。
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