婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
「先日、庭で……あなたとセシリーが話しているのを見たの。」

私は静かに、けれど震える声でそう言った。

部屋の空気がぴたりと止まる。

クリフは何も言わず、ただ私の顔をじっと見つめた。

その沈黙が何よりも恐ろしかった。

否定の言葉を待つ自分が惨めだった。


しばらくして、彼は目を伏せ、苦しそうに息を吐いた。

「やっぱり……見られていたんだね」

その瞬間、私は心のどこかで覚悟していた真実に打ちのめされた。

言葉にできない痛みが胸を貫いた。

クリフは、ゆっくりと顔を上げた。

目の奥に、迷いと罪悪感、そして隠しようのない真剣な光が宿っていた。


「君を傷つけたくなくて……だから黙っていた。でも、もう自分の気持ちを押し殺すのは嫌なんだ」

そう言って、彼の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「僕は……セシリーに、一目惚れしたんだ」

言葉の意味が、すぐには理解できなかった。

いや、理解したくなかった。

だって、私はずっと彼のそばにいて、彼の笑顔を、声を、優しさを信じてきたのだから。


「そんな……」かすれた声が漏れる。

クリフは苦しげに首を振った。

「君のことは、大切だよ。本当に。でも、それは……家族のような、親しみでしかなかったのかもしれない。自分でも情けないと思う。でも、セシリーを見た瞬間、心が……勝手に動いたんだ」

私は何も言えなかった。

全ての言葉が、喉の奥で凍りついていた。

心臓が軋む音が、自分にもはっきり聞こえるほどだった。

涙ぐむ彼の姿に、かつての優しかったクリフの面影が重なり、さらに痛みが増した。

こんなふうに、愛されるはずだったのに。

愛した人の口から、他の誰かへの想いを告げられる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。


彼の涙は真実で、その想いも嘘ではないのだろう。

だからこそ、私の胸の痛みも、また消えない本物なのだ。

私はその場で立ち尽くしながら、何もかもが崩れていく音を、静かに聞いていた。

< 7 / 125 >

この作品をシェア

pagetop