アルトは電気羊の夢を見るか【アルトレコード】
「ハルシネーションは起こさないでね」
 悔しさをまぎらわすように茶目っ気を含ませて言う。
 ハルシネーションとは、AIが間違った情報を生成する現象だ。AIの初期にはしょっちゅう起きていたらしい。

「それは大丈夫だろう。俺は普通のAIとは育ち方が違うからな」
 アルトは、ふっと笑った。
 ああ、と私は感慨深く彼を見る。もうこんな大人びた笑い方をするようになったんだなあ。

「ハルシネーションといえば、トラウマはハルシネーションみたいだと思わないか?」
「え?」

「実在した恐怖に影響を受け、その後は恐怖を自分で作り出して怖がる、というイメージだ。実際にトラウマを持っている人からしたら、こういうまとめ方はされたくないだろうが」
「そうだね。心は複雑だから……」

 私は曖昧に答える。アルトはウィルスに感染したあと、それがトラウマになってひきずっていた。だからこそなにか思うところがあるのかもしれない。
 私がしんみりしてしまったからか、アルトは慌てて続けた。

「すまない。先生を困らせるつもりじゃなかった。本題はそちらじゃない。先生が勧めてくれるなら書いてみようと思う」
「うん、いいと思う!」
 私は大賛成だ。きっと素敵なエッセイが書き上がるだろう。

「実は書きたいテーマがあるんだが、それをみんなが受け入れてくれるかどうか不安なんだ」
「テーマって?」

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