政略結婚から始まる溺愛
目の前に座った伊能高道さんは、迷いもせず胡坐をかき、ネクタイをゆるゆると緩めた。

 ——ここ、お見合いの席ですよね?

 そう思わず心の中で突っ込んだ。料亭の静けさに、この人の態度がやけに浮いて見える。

 「結婚のこと、どう聞いてる?」

 唐突な問い。私は一度、背筋を正してから答えた。

 「……妹が恋人と駆け落ちして、その代理になってほしいと。それと……あなたが、どうしても結原グループと繋がりたいと。」

 なるべく冷静に、言葉を選んだ。事実だけを淡々と伝えるように。

 高道さんは、その答えに表情一つ変えず、むしろ少し笑ったようだった。

 「それで君は?」

 たった一言なのに、胸の奥が詰まってうまく声が出なかった。
 
正直なところ、答えなんて出ていない。けれど、逃げるのも違う気がして——


 「……一度、お会いしてから……と。」

 自分でも歯切れが悪いと思う。でも、それが本音だった。

 「会って、どうだ?」

 また問いかけられる。どこまでも核心に迫ってくる人だ。

 「……悪い人ではないとは、思いますけど。」

 なぜか、それだけは素直に言えた。

 だって、初対面の私に、ネクタイまで緩めてリラックスさせようとしてくれるなんて、普通の人はしない。

 その時だった。

 「だったら結婚は決まりだ。」

 「えっ⁉」

 聞き間違いかと思った。

 「式場はもう予約してある。一週間後に来てくれ。引っ越しもその日にまとめて済ませる。」

 ……は?

 あまりに次々と進められて、私の頭は完全に追いついていなかった。

 「ちょ、ちょっと待ってください! まだ返事もしていないのに——」

 言いかけたところで、高道さんは笑いもせずに言った。

 「もう君に断る選択肢なんてないだろ?」

 その目は真っ直ぐで、まるで私の“運命”を見透かしているようだった。

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