政略結婚から始まる溺愛
「……本当はな、一流企業に就職してほしかったんだ。スーツに身を包んで、都会のオフィスビルに通うお前を見たかった。」

 私は箱を台に置いたあと、振り返って笑う。

 「ううん。私、お父さんのそばがいいの。」

 「……瞳。」

 父の目が一瞬潤んだのがわかった。その奥にあるのは、きっと安心と、感謝と、それから——

 「家族だもんな。……ありがとう、瞳。」

 「うん。」

 胸の奥が、ほんのりとあたたかくなる。

 工場の片隅で流れるオイルの匂いも、汗の染み込んだ作業着も、誰かが落としたネジの音も、私にとっては全部、愛しい日常だ。

 このままでいい。このまま、ずっとここにいられたらいい。

 けれど——
 この穏やかな日々が、静かに、少しずつ、動き始めていることに、私はまだ気づいていなかった。
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