政略結婚から始まる溺愛
工場の隅。油の匂いが染み込んだこの場所で、私は初めて「本当の父親」だという人と向かい合っていた。

 スーツ姿のその人は、どこか懐かしさを感じさせる目をしていた。だけど——私の胸はざわつくばかりだった。

 「……目が、君に似ているな。優しい目だ。……本当に親子なんだな。」

 そう言ったのは、隣にいる“お父さん”——狭山幸太郎さんだった。私を育ててくれた人。私に無償の愛をくれた人。

 だから私は迷わず、口を開いた。

 「……私の父親は、この隣に座っている狭山幸太郎さんだけです。」

 結原良平というその男が、ほんの少しだけ顔を曇らせた。

 それでも、彼は静かに手を差し伸べてきた。

 「お母さんとは、本当は結婚する予定だった。でも……俺が御曹司だからと、身を引いたんだ。」

 嘘か本当か。私は母を見た。母は、静かに目を伏せた。

 ……本当だったんだ。

 捨てられたんじゃない。母は、この人の未来を思って、自分から別れを選んだ。
 その愛し方を、私は知っている。

 胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
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