政略結婚から始まる溺愛
 「瞳には、寂しい思いをさせた……」

 結原良平がぽつりとそう呟いたとき、私は迷いなく首を横に振った。

 「寂しいと思ったことなんて、一度もありません。」

 その言葉に、彼の眉が少しだけ動いた。

 「高校にも大学にも行かせてもらいました。私は、今——とても幸せです。」

 私ははっきりと、まっすぐに彼の目を見て言った。育ててくれた父と母との生活を、少しも卑下するつもりなんてない。誇りに思ってる。

 けれど、彼はふと目を細めた。

 「……だが、結婚はどうかな。」

 静かに、だけど確かに突き刺すような言葉だった。

 「工場勤務では、相手はたかが知れている。上を見ることも、考えたことがないだろう?」

 私は息をのんだ。

 「……たかが知れていても、愛し合っていれば、幸せになれます。」

 強くそう返した。これは、私が育った家庭を、否定されたように思えたから。

 その瞬間、良平の表情がふっとやわらぎ、目に何かが浮かんだ。

 ——わかってくれたんだ。私が、どれだけの愛情に包まれて育ったのか。

 けれど彼は、それでもなお、静かに言った。

 「……それでも、私には……どうしても、君に頼みたいことがある。」

 その声音に、私は思わず息を詰めた。
 何を言われるのだろう。
 何を、望まれているのだろう。

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