政略結婚から始まる溺愛
まさか自分が、こんな場所に足を踏み入れる日が来るなんて思ってもみなかった。
 
見合いだなんて。たとえ形だけでも、私はただの町工場の娘だ。

 連れてこられたのは、格式高い日本料理の料亭。玄関の畳の香りすら落ち着かなくて、新しく買ったワンピースがやけに浮いて感じた。

 「伊能様、どうぞ。」

 そう案内されて入ってきた青年と、目が合った。

 背筋がぴんと伸びていて、目つきが鋭い。どこか近寄りがたい空気を纏っていた。

 「狭山……瞳です。」

 思わず立ち上がって、ぎこちなく自己紹介した。

 彼は私を一瞥すると、ふっと鼻で笑うような表情をした。

 「……結原さんの“隠し子”だというのは、本当だったのか。」

 その言葉に、胸がちくりと痛んだ。

 ——やっぱり、そういうふうに見られるんだ。

 「……結原の家にも、事情があるんです。」

 気づけば、そう言い返していた。

 自分でも驚いた。私は、結原家の人間じゃないのに。

 でも、母が好きになった人の家。血はつながっている。それだけで、無性に放っておけなかった。
< 8 / 12 >

この作品をシェア

pagetop