【シナリオ】恋も未来も、今はまだ練習中。
第6話 風の匂い、恋のはじまり
○大学構内・昼休み/初夏
蝉の声にはまだ早い、でもどこか夏の気配が漂う6月の昼休み。汐梨はカフェテリアのテラス席で、涼しげなアイスティーを手にしていた。
菜奈「ねえ、聞いたよ〜?」
汐梨「な、何を?」
菜奈「サークルで主役級の役やったって。しかも……先輩に頭ぽんぽんされたって噂も?」
菜奈がニヤリと笑う。汐梨は耳まで真っ赤にしてうつむく。
汐梨「も、もう……やめてってばぁ」
菜奈「ふふふ。ま、でもいいなあ、楽しそう。あ、ちなみに私たちは合宿よ、テニス部の。今月末」
汐梨「え、いいな〜! ……あ、そういえば……私たちも、あるんだ。オペレッタサークルの合宿」
菜奈「え、マジ? どこに行くの?」
汐梨「……海の近くだって」
そう答えた汐梨の瞳には、ふと期待の色が宿っていた。
(先輩と、また一緒に過ごせる。あの笑顔を、もう少し近くで――)
○合宿所・海辺のロッジ/夕方
ロッジ型の合宿所に到着した一行。荷物を下ろして各自チェックインする。汐梨は同学年の女の子・【環(たまき)】と同室に。
環「よろしくね〜汐梨ちゃん! やっと話せたね〜!」
汐梨「う、うん! よろしくお願いしますっ!」
にぎやかなチェックインを終えたあと、合宿初日は「自由時間」。自由参加で海へ行くメンバーたちも多かった。
○浜辺/夕暮れ
砂浜にはしゃぐ部員たち。その中に、汐梨の姿はなかった。少しだけ離れた堤防の上に、彼女は一人座っていた。
汐梨(……楽しそうなのに、どうして私、離れちゃったんだろ)
すると、背後から声。
美哉「どうしたの、ねずみさん。海、苦手?」
汐梨「いえ、そんなこと……。ただ、少しだけ、一人になりたかっただけです」
美哉「……そっか」
隣に座る美哉。潮風がふたりの髪を揺らす。
美哉「俺ね、大学三年になってから、いろんなことが“最後”になってきて……。このサークルの合宿も、たぶん最後だし」
汐梨「……さみしいです」
言ってから、しまったと思った。
汐梨「い、いえ! そういう意味じゃなくて、ただ……」
美哉「うん、わかってるよ。ありがとう」
美哉は、ふわっと笑う。
その笑顔が、なぜか今日は、少しだけ遠く感じた。
○ロッジ・夜/星空の下
夕飯も終わり、自由時間。皆がゲームをしたりお風呂に入ったりする中、外のベンチに汐梨はひとり座っていた。
空には満点の星。見上げるその横に、またしても現れる美哉。
美哉「……ねえ、汐梨ちゃん」
汐梨「はい」
美哉「俺、卒業したら、たぶん地元に戻ると思う。保育士、やりたいから」
汐梨「……地元って、どこなんですか?」
美哉「愛知。名古屋とかじゃなくて、田舎だよ。山と畑しかない場所」
汐梨「……さびしいな」
ぽつりとこぼれた言葉。
美哉「え?」
汐梨「いやっ、えっと……あのっ、勝手に寂しいって思ってしまって……」
真っ赤になる汐梨に、美哉はゆっくり顔を近づける。
美哉「……俺がいなくなったら、寂しい?」
汐梨「……はい」
汐梨の答えに、美哉の瞳がゆれる。
美哉「……言ってくれて、ありがとう」
美哉はそれ以上何も言わず、そっと彼女の肩にブランケットをかけて立ち上がる。
美哉「風邪ひくなよ。おやすみ」
そう言って背を向ける美哉を、汐梨は呼び止めることができなかった。
汐梨(――“先輩の背中”が、少しずつ遠くなる気がして、胸がぎゅっと苦しくなった)
○翌朝・浜辺/朝
朝日が昇る浜辺で、汐梨はひとり、砂浜に足をつけて立っていた。そこへまた、美哉が現れる。
美哉「早起きさんだね。……少し、散歩しない?」
朝の静かな海を、ふたり並んで歩く。
美哉「汐梨ちゃん」
汐梨「はい」
美哉「たぶん俺、もうすぐ気づいてしまうと思う」
汐梨「……え?」
美哉「君のこと、ちゃんと、見てしまいそうだって」
その言葉に、汐梨の心臓が大きく跳ねた。
そして、美哉は微笑んで言った。
美哉「……でも、まだ見ないふりするよ。今は」
そう言って、そっと砂浜に落ちていた貝殻を拾い、汐梨に手渡す。
美哉「忘れ物。あと半年、よろしくね、相棒」
汐梨「……はい」
その朝、汐梨の心の奥に、小さな“恋”の灯火が灯った――