【シナリオ】恋も未来も、今はまだ練習中。
第7話 すれ違いと、手のひらのぬくもり
○大学構内・サークル掲示板前/昼
夏休みを目前にした構内はどこか浮き足立っている。
汐梨は掲示板の前で、サークルの新しい張り紙を見つめている。
《オペレッタ研究部・大学祭ステージ参加者募集!》
汐梨(……大学祭か。先輩と一緒に、出たい……)
その横に、スマートな女性が張り紙を貼るのを手伝っていた。
美哉「ありがと、湊先輩」
湊「いいのよ。卒論のストレス解消になるし」
その声を聞いて、汐梨は思わず振り向いてしまう。
汐梨(先輩……)
彼女の隣に立つ、美哉の柔らかい笑顔。
それが、ほんの少し遠くに感じた。
○教室・授業中/午後
汐梨は授業に集中できず、ノートを開いたまま視線は窓の外。
(あの人が先輩の“特別”だったらどうしよう――)
菜奈(隣席)「汐梨ちゃん、さっきからぼーっとしてるよ?」
汐梨「……え、う、ううん。だいじょうぶ」
菜奈「ほんとに? もしかして、恋?」
汐梨「えっ……ちが、ちがう、わけじゃ……」
菜奈(にやり)「やっぱりか〜!」
汐梨「し、静かにしてぇ……!」
(でも、そうなのかも――もう、ただの“追試仲間”じゃない)
○大学構内・中庭ベンチ/放課後
授業が終わり、サークルに向かう途中のベンチで、汐梨はぼんやり座っていた。
そこに、美哉がやってくる。
美哉「汐梨ちゃん、どうしたの? サークル、こっちだよ」
汐梨「あ、はい……」
美哉「なんか、元気ない?」
汐梨「……あの、さっき一緒にいた女性、先輩ですよね」
美哉「ああ、湊先輩? 卒業制作の指導教官とそりが合わなくて、最近ちょっと悩んでるみたい」
汐梨「そうなんですね……(よかった)」
美哉「ん? なんか言った?」
汐梨「い、いえっ、なんでもないです!」
美哉「ふふ、怪しいなあ」
そう言って、美哉は汐梨の前にしゃがみ、顔を覗き込む。
美哉「ねえ、もしかして……焼いた?」
汐梨「な、なにをですか!?」
美哉「焼き芋」
汐梨「はぁ!?」
美哉「冗談だよ、冗談。嫉妬……ってやつ? もしそうなら、ちょっと嬉しいな」
そう言って、美哉はそっと汐梨の手のひらに、自分の手を重ねる。
汐梨「……!」
美哉「こうしてると、あったかいね。君って、意外と熱いんだね」
手のひらのぬくもり。ぎゅっとされる指先に、汐梨の心臓は跳ねる。
汐梨(……だめ。こんなやさしさ、慣れてないのに)
○オペレッタサークル・練習室/夕方
部室には活気が満ちていた。
次の大学祭ステージに向けて、配役が発表される。
榛名「じゃあ、主役の“森の歌ううさぎ”役は――」
榛名「……梶塚汐梨さん」
一瞬、場が静まる。
汐梨「え、わ、わたし!?」
榛名「うん。声の張りも良くなってきたし、なにより、この役を誰よりも“愛して”演じてるのが分かったから」
部室が拍手に包まれる。だがその中に、ひとり鋭い視線を向ける女生徒がいた。
それは――湊の後輩で、サークルでも発言力のある【中野麗奈(なかの・れいな)】。
麗奈(なにあの子……また“特別扱い”? 柴崎先輩って、そういう子に甘いのよね)
胸の奥に嫉妬が芽生えていく。
○大学構内・夕暮れ/下校中
練習後、美哉と汐梨は並んで帰っていた。
汐梨「あの……主役にしてもらって、嬉しかったけど、正直ちょっと不安です」
美哉「うん。でも、君なら大丈夫」
汐梨「どうしてそう思うんですか?」
美哉「“好き”をちゃんと、演じる声に乗せられる人だから」
その言葉に、汐梨の胸がきゅっとなる。
(先輩に言われると、全部信じたくなってしまう)
汐梨「……じゃあ、聞いてもいいですか。私が、今、“誰かを好き”だったとしたら」
汐梨「それって、声に出てますか?」
ふと、立ち止まる美哉。
汐梨は少しだけ顔を上げ、見上げる。
美哉「……出てるよ」
ふたりの距離が、ふいに近づく。
けれど、美哉はふっと微笑んで、そのまま歩き出す。
美哉「……でも、その相手が“誰”なのかは、まだ内緒、でしょ?」
その背中を見ながら、汐梨は確信する。
汐梨(――私、先輩のことが、好きです)