年下敏腕パイロットは想い焦がれた政略妻をこの手で愛して離さない


水沢のぼやきに、さらに頭が痛くなる。よりによって、噂になっている相手は望海が一番気にしている沙羅さんとは……。

「違うから」
「は?」

「水沢、その噂を聞いたら、完全に否定してくれ。俺は秘書の若林さんとは結婚しないし、付き合ってもいない」

たぶん、かなり珍しく怒りを含んで言い切ったせいだろう。水沢は「ああ、そうか」と少し驚いたような表情で答えた。
望海と木村機長のことも、ただの噂だ。そう言い聞かせている俺に、追い打ちをかけるような言葉が聞こえてきた。

「でも木村機長ってエリートだし、大人の余裕がある感じじゃない? 若林チーフも落ち着いた大人の女性できれいな人だもんね。大人のカップルでお似合いか」
ため息まじりの客室乗務員たちの声を背に、俺は黙って運ばれてきたカスレの皿に視線を落とした。白インゲン豆と肉をじっくり煮込んだ、フランス南西部の郷土料理。表面は香ばしく焼かれ、スプーンを入れるとほろほろに崩れた肉と豆が顔をのぞかせる。濃厚な香りが立ち上り、食欲をそそるはずなのに、今の俺には味なんてどうでもよかった。

大人の男性――確かに木村機長は大人だし、素晴らしい機長だということも理解している。家柄も確かで、官僚と旧華族の血筋という由緒正しい家系だったはずだ。

俺が勝っているところといえば、若さだけ……。
そこまで考えて、ため息が零れそうになる。若さなど、なんの意味もないじゃないか。

「へえ、木村機長の相手は若林さんか」
なんとなく知った風な口ぶりの水沢に、俺は顔を上げて「知ってるのか?」と尋ねた。
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