王太子の婚約破棄で逆ところてん式に弾き出された令嬢は腹黒公爵様の掌の上【短編】
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「ディアナ」
会議の後、聞き覚えのある優しい声音に、ディアナはびくりと身体を強張らせた。
「王太子殿下……」
嫌な予感がしてぎこちなく振り返ると、そこには元・婚約者のハインリヒが立っていた。
(あ……)
彼女は彼の微かな表情から感情を読み取る。
とても心が沈んでいる様子。家族みたいに長い時間を共に過ごしてきたから、相手の考えていることが手に取るように理解る。
「……もう、名前では呼んでくれないんだね」
彼の掠れた声が、彼女の胸をチクチクと突き刺す。金色の長い睫毛が悲しげに伏せていて、彼の全身が嘆いているように見えた。
その様子に彼女の良心が痛んでしまい、思わず一歩あとずさってしまう。
「も……もう、私たちは婚約者同士ではありませんので……」
一拍して、やっとの思いで震えた声を出す。それを改めて口にすると、どうしようもない寂寥感が込み上げてきた。
(もう、子供の頃みたいに無邪気に笑えない関係なのね)
ディアナにとって、ハインリヒとは既に「家族」になっていた。
空気みたいに、いつも側にいる人。それを失った今、自分の心の一部が抜け落ちたみたいだ。
「っ……!」
いつの間にか彼は彼女の目の前に立っていて、少し下を向いていた彼女の顎を軽く持ち上げた。
「なにを――」
「必ず、君を迎えに行くから。それまで待っていて欲しい」
ハインリヒはまっすぐにディアナを見た。
真剣な表情。見てはいけないものを見た気がして、彼女は慌てて視線をそらす。
「殿下には、シャルロッテ侯爵令嬢がいらっしゃるではありませんか」
そして申し開きのように早口で言った。
ハインリヒの立太子と新たな婚約は王命だ。絶対に覆すことはない。
なのに、彼は一体何を言っているのだろうか。
「兄上が失脚した今、僕は王子としての義務がある。だが、結婚は話が別だ」
「きゃっ」
にわかにハインリヒはディアナの両腕を掴んだ。彼のやりきれない想いが強い力になって、彼女は鈍い痛みを感じる。
「僕は……これまでの君との時間を、無かったことにはしたくない。君を失いたくないんだ。だから、側妃にしてでも――」