キスはボルドーに染めて
 陽菜美は上目遣いで美智世の姿を追っていたが、しばらくして目線を外した。


 ――本当にいつも感じが悪いなぁ。


 陽菜美は小さく息をつくと、部屋に戻るために再び歩き出す。

 するとさっきまで響いていたヒールの音が、ぴたりと止まっていることに気がついた。


「そういえば……」

 美智世の声が音のない廊下に響く。

「あなた婚約者がいる男性と、付き合ってたんですってね」

 突然背中に向かって投げかけられた言葉に、陽菜美は驚いてばっと振り返った。

「え……?」

 一瞬何を言われたのかわからず、眉をひそめる陽菜美の様子に、美智世は嫌なものでも見るような目つきを向ける。

「私、人のものに手を出す人間は大嫌いよ。心底軽蔑するわ」

 美智世は吐き捨てるように言い放つと、再び陽菜美に背を向けて歩き出した。


「ま、待ってください。私は別に……」

 陽菜美は弁解するように声を出すが、美智世は全く聞く耳を持たない様子で去っていく。

「別に……私が手を出したわけじゃないんだけどな……」
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