キスはボルドーに染めて
「陽菜美、どうしたんだ?」

 もう一度蒼生が声を出した時、廊下から「やっぱり、帰ってたのね」という可愛らしい声が聞こえてくる。

 その瞬間、身構える陽菜美と同時に、蒼生がはっと息を飲んで入り口を振り返った。


「会いたかったわ、蒼生」

 そう言いながら姿を現した純玲は、愛しいものでも見るような目つきで蒼生の顔を見上げている。

「純玲……どうして?」

 明らかに動揺した様子の蒼生の口から、小さく声が漏れた。


 ――純玲って、呼び捨てにするんだ……。


 陽菜美はチクチクと痛む胸を感じながら、蒼生の手をきつく握り締めた。

 するとそんな様子を見た純玲が、くすくすと肩を揺らして笑い出す。


「帰りが遅いと思ったのよね。蒼生を隠そうとでもしてたのかしら? でも良かったわ。ここで会えた」

 純玲はにっこりとほほ笑むと、蒼生の正面に立った。

「何をしに来たんだ」

 蒼生が低く硬い声を出す。

「あら、随分とひどい言いようね。蒼生に大切な話があって来たのに」

 純玲は再び笑いながらそう言うと、そっと自分の後ろを振り返った。
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