キスはボルドーに染めて
 今まで蒼生宛に、父親からの呼び出しが入ったことは一度もない。


 ――きっと純玲さんのことに関係している。


 陽菜美の直感が、決して蒼生を行かせてはならないと言っていた。

 陽菜美は唇をかみしめると、すでにジャケットに手をかけている蒼生の腕をぎゅっと掴む。


「嫌です……行かないでください」

 戸惑ったような蒼生の顔を見ながら、陽菜美の頬を静かに涙の雫が伝った。

「私、すごく不安です。蒼生さんが、もう帰ってこない気がして不安なんです」

 声を震わせる陽菜美を、蒼生はぐっと引き寄せると、力いっぱい抱きしめる。


「ごめん、陽菜美。君を不安にさせて、本当にすまない」

 そう言いながら、陽菜美を抱きしめる蒼生の肩も、わずかに震えていた。

「蒼生さん……」

 陽菜美は蒼生の胸元をぎゅっと握り締めると、涙がいっぱいに溜まった顔を上げる。

 蒼生は陽菜美の肩を両手で支えると、真っすぐな瞳を向けた。


「俺を取り巻く環境で、何かが起こっている。それを見極めるためにも、今は行った方がいいと思う」

「そんな……!」

 陽菜美の頬を再び大粒の涙が零れる。
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