キスはボルドーに染めて
「俺は今まで、自分の心に蓋をすることで、すべてから逃げていた。未来に希望なんてない、どうなってもいいと思っていたんだ」

「そんな……」

「でも今は違う。俺は、陽菜美との未来に希望を持ちたい。だから、行かせてほしい」

 蒼生はそう言うと、陽菜美の頬に零れた涙を指先でそっと拭いながら、顔を覗き込ませた。


「こんな風に思えたのは、あのボルドーの丘で、涙を流す陽菜美に出会えたからだよ」

「蒼生さん……」

 二人は見つめ合うと、引かれるようにそっと唇を重ねる。

 ただ触れるだけの静かなキスの中で、蒼生の唇がわずかに震えた気がして、陽菜美はぎゅっと目を閉じると、その息づかいだけに意識を向けた。


 ――私は、すごく怖い。でも、蒼生さんだって怖いんだ。


 唇がゆっくりと離れ、静かに目を開けた陽菜美は、蒼生の瞳を真っすぐに見つめる。

 蒼生を信じて待つと決めたのは、陽菜美自身だ。

 陽菜美は震える口元をきゅっと結ぶと、蒼生に無理やりほほ笑んで見せた。

「私は、蒼生さんを待っています」

 陽菜美の声が響き、蒼生はわずかに目を開くと、再び陽菜美をきつく抱きしめる。

 陽菜美はただただ、蒼生のムスクの香りを感じながら、自分の不安な気持ちが思い過ごしであるようにと願った。
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