キスはボルドーに染めて
「陽菜美ちゃん……さすがに、もう鍵が閉まるよ」

 杉橋の声に、陽菜美ははっと顔を上げると慌てて壁の時計に目をやる。

 時計の針はもう真夜中をさすところだ。

「ご、ごめんなさい……私……」

 陽菜美は溢れた涙を慌てて袖で拭うと、握りしめていたスマートフォンをパンツのポケットにしまい込む。


「蒼生から連絡は……?」

 杉橋が遠慮がちに声を出し、陽菜美は下を向くと静かに首を横に振った。

 父親に呼ばれたと蒼生が出て行ってから、もう何時間も経つ。

 それでも蒼生からの連絡は、一切入っていなかった。


 ――純玲さんも一緒なの……?


 蒼生の胸に手をかけながら、ポケットに連絡先を入れる純玲の顔が瞼に浮かぶ。

 嫌な想像ばかりが浮かんでは消え、陽菜美は叫び出しそうになる口元を両手で覆った。


「陽菜美ちゃん、とにかく帰って休んだ方がいい。俺が送ってくから」

 杉橋に優しく肩を支えられて、ソファから立ち上がる。

 その途端、一人で踏ん張っていた陽菜美の気持ちが一気に緩んだ。

 陽菜美は「わぁっ」と声を上げると、床に突っ伏すように泣き崩れる。

 蒼生を信じて待つと言ったのに、心の中はぐちゃぐちゃだ。


「いっぱい泣いたらいい。今日だけは、俺の肩を貸してあげるからさ」

 杉橋の声に支えられながら、陽菜美は会社を後にした。
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