キスはボルドーに染めて
 ふと脳裏に、楽しそうに笑う蒼生の顔が浮かぶ。

 失恋した勢いでフランスに渡った時、この旅の思い出なんていらないと思っていた。

 でも、なにかこの日を思い出すものが欲しいと思えたのは、きっとあの葡萄畑で蒼生に出会ったからだろう。

 陽菜美はマグネットをそっと撫でると、視界に入るように、ブースの端にポンと取りつけた。


 パソコンを立ち上げ、メールのチェックをしていると、しばらくして「おはようございまぁす」という明るい声とともに、同僚の野上 沙紀(のがみ さき)が出社してくるのが見える。

 沙紀はピンクのシフォン生地のスカートをふわりとさせると、陽菜美の隣のブースに入った。

 
 ――この様子だと、今日は定時ダッシュでデートか合コンだな。


 そんなことを思いながら、陽菜美はふと自分の姿を見て苦笑いする。

 陽菜美は今日もいつもと変わらず、グレーのニットに黒のパンツスタイル。

 ボブのヘアは櫛を通しただけで、特にアクセサリーもつけていない。


 ――女子力ゼロ……。まぁ、電話を受ける分には支障なし!


 陽菜美は沙紀に軽く挨拶すると、電話応対用のヘッドセットをつけようと手を伸ばした。
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